長瀬有花、曽我部恵一に下北沢を学ぶ。 つながりから広がる街の魅力、自然体の音楽が生まれる背景にあるもの
『長瀬有花、下北沢を学ぶ。 ー曽我部恵一編ー』
バーチャルの世界(二次元)とリアル(三次元)を行き来しながら活動するアーティスト、長瀬有花。ノスタルジックな雰囲気と現代的なポップネスを共存させた音楽性、心地よい浮遊感や切ない情感を描き出すボーカルによって、徐々に注目を集めている“だつりょく系アーティスト”だ。
リアルサウンドでは、彼女の連載企画『長瀬有花、下北沢を学ぶ。』を展開中。第2回のゲストに曽我部恵一を迎えた。下北沢に事務所を構え、レコードショップ兼カフェ「CITY COUNTRY CITY」、カレー専門店「カレーの店・八月」のオーナーでもある曽我部に、下北沢の魅力や音楽活動のスタンス、ソングライターとして意識していることなどについて聞いた。(森朋之)
「夜型」の共通点も? 長瀬有花が惹かれた曽我部恵一の言葉
長瀬有花(以下、長瀬):曽我部さんやサニーデイ・サービスのことを知って、すぐにTwitterをフォローしたら曽我部さんもフォローしてくださって。今回もお話を受けていただき、ありがとうございます。どうして興味を持っていただけたんでしょうか?
曽我部恵一(以下、曽我部):長瀬さんの曲をいくつか聴かせもらって、すごくいいなって思ったんですよね。まず、声がいいなって。もちろん歌詞やメロディもいいんですけど、全体の雰囲気がすごく好きでした。狙ってないっていうのかな。今は「どうだ!」みたいな音楽や「よくできてるな」という曲が多い気がするんですよ。そういうのもいいんだけど、長瀬さんはもっと自然体というか、「この人のことをもっと知りたい」と歩み寄れるような音楽だなと感じました。
長瀬:うれしいです。自分も曽我部さんの音楽に対して、同じようなことを思っていて。いつでも自然体で聴けるといいますか、日常にスッと入り込んでくれる感じがすごく好きだなと思ったんです。おこがましいですけど、もしかしたら自分の音楽とも通じているところがあるのかなって……。
曽我部:そうだと思いますよ。僕はいろんな音楽を聴きますけど、こっちの心をちょっと開いてくれるようなものが好きなので。
——長瀬さんが曽我部さんの音楽に触れたきっかけは?
長瀬:『渋谷系狂騒曲 街角から生まれたオルタナティヴ・カルチャー』(音楽ナタリー)という本ですね。自分の音楽は渋谷系と近しいものがあるんじゃないかと思って読んでみたんですけど、本のなかにサニーデイ・サービスのことが書かれていて、興味を持って。最初に『東京』というアルバムを聴いたんですが、「青春狂走曲」がすごく刺さったんです。〈そっちはどうだい うまくやってるかい/こっちはこうさ どうにもならんよ〉と歌われているんですが、曲は明るくて。結局、どうにもならないまま曲は終わっていくんですが、その感じに救われた気がしたんです。人生のなかでなかなか解決しないことって多いし、直したくても直せない自分の嫌なところもあるんですけど、それを含めて受け入れてもらえた気持ちになって。
曽我部:うれしいです。「青春狂走曲」を書いたのは1995年だから、24歳くらいのときですね。僕は売れないミュージシャンで、バイトはしていたけど、音楽の仕事は全然なくて。祖師ヶ谷大蔵の彼女の部屋でダラダラ過ごしてたんですよ。ある日の夜中、レンタルビデオ屋で借りてきた70年代の青春映画を観ていて、朝方、フラッと散歩に出たんです。確か夏の初めだったんだけど、だんだん明るくなってきて、誰もいなくて。そのときに思いついたのが、「青春狂走曲」だったんですよ。
長瀬:そうなんですね!
曽我部:そのちょっと前に、バンドメンバーが「田舎に帰る」って言い出して。僕らは東京に残ったけど、上手くいってないし、「帰ったほうが得策だったかな」なんて思ったり。だけど、その日の朝はすごく気持ちよかったんだよね。「青春狂走曲」は今でも演奏するけど、時代とか年齢は関係なくて。今も同じような気分なんだろうなって思います。
長瀬:自分も落ち込んで一人反省会をしていたら、夜が明けることもあるんです。でも、そうやって朝を迎えるときって意外と気持ちよかったりするんですよね。
曽我部:夜型ですか?
長瀬:あ、そうだと思います。
曽我部:僕も夜型なんですよ。朝型、夜型は後天的なものではなくて、DNAで決まっているという研究もあるんですけど、夜型はちょっとヤバいというか、こじらせがちだと思ってて(笑)。でも「歴史は夜作られる」という言葉もあるくらい、夜って重要なんですよ。人間の力を超越したものが潜んでいる時間帯だし、夜、モノを考えたり、曲を作るって特別なことだと思っていて。
長瀬:確かに昼間よりも夜のほうが、頭がグルグル動いちゃう感じがあります。
曽我部:そうそう。「夜書いた手紙を朝読んでみたら、すごく恥ずかしい」っていう話があるじゃないですか。僕は「夜書いた手紙」ってすごく大事だと思うんです。普段の意識から離れて、自分の心が解放されているのかもしれないじゃない? 歌とか表現って、「冷静に見ると恥ずかしい」ものじゃないとダメだと思うんですよね。
——長瀬さんは「抱きしめられたい」(曽我部恵一)の弾き語りカバーをアップしています。
長瀬:はい。「抱きしめられたい」もすごく好きな曲です。
曽我部:ありがとうございます。僕もたまにライブでやるんですけど、人が歌ってくれたほうがいいなって思ったりするんですよ。自分の曲のことはよくわからないんだけど、誰かが歌ってくれてるのを聴いて、「あ、いい曲じゃん」って思うこともあるので。
長瀬:いっぱい歌います。不安になったときに聴きたくなる曲なんですよね、自分にとっては。
曽我部:うれしいです。“抱きしめたい”という歌はいっぱいあるんですけど、“抱きしめられたい”という歌はあまりないなって思って。なんていうか、みんな孤独じゃないですか。不安だったり弱ったりしたときに“抱きしめてほしい”と思うこともあるだろうし、そんな歌があってもいいのかなって。
長瀬:孤独に優しい……。「抱きしめられたい」もそうですけど、曽我部さんの楽曲は、存在しているかどうかわからない景色や朧げな感情が浮かんでくるようなところがあって。自分もそういう表現をしたいなと思ってるんです。どこか懐かしさがあって、思い出の景色や気持ちがフッと蘇ってくるような。なので曽我部さんの曲は気持ちよく歌えるんだと思います。
長瀬有花の夢がかなった「オオゼキ」でのライブ
——長瀬さんは2023年3月から下北沢をテーマにしたコンセプトライブ『Form』をYouTubeで配信。第1回目は美容室ビードロ、第2回目はmona records、そして5月27日に配信された第3回目の会場はなんとスーパーマーケットのオオゼキでした。
曽我部:オオゼキでライブってすごいよね。
長瀬:まさか承諾していただけるとは思ってなかったです(笑)。「スーパーマーケットでライブしたいな」って妄想したことはあるんですよ。呼び込みくんが鳴っている店内でライブをやるっていう。まさか叶うとは思ってなかったですけど、実現しました。
曽我部:素晴らしい。僕も観させていただきましたけど、いつも買い物しているスーパーで長瀬さんが歌っているのは不思議な感じでした。
長瀬:「誰もやったことのないことをやりたい」という気持ちが根底にあるんですよね。歌に関してもそうで、自分なりの表情の付け方をずっと研究していて。
曽我部:長瀬さんの歌、やっぱりいいなと思いました。歌ってその人自身が出ると思うんだけど、素敵だなって。
長瀬:ありがとうございます。曽我部さんが下北沢CLUB Queの店長の方と対談している動画を拝見したんですが、そのなかで「上手いだけでは芸術にならない」というお話をされていて。自分も同じ考えなんですけど、ライブとかでは完璧主義者になってしまうことがあって。失敗したくないって思っちゃうんですよね。なので曽我部さんの「不器用であっても、人が一生懸命、全力でやっている姿が好き」という言葉に救われました。
曽我部:歌だけに限らず、表現は何でもそうだと思うんですよね。歌が上手くても下手でも、スポーツだったら勝とうが負けようが、人が一生懸命やっている姿を見ることで、「自分もがんばれるんじゃないか」「何かできるんじゃないか」というエネルギーをもらえるので。それはね、大きい声で歌う、みたいなことではなくて。その人の人生や命がそこにあるということなんだけどね。