マハラージャン、全曲披露した初の野音ライブ アーティストとしての強みを見せた記念すべき公演に
マハラージャンが自身初となる日比谷公園大音楽堂公演『日比谷大宴会〜外〜』を5月27日に開催した。今回のテーマはズバリ“野音でオリジナル全曲披露”。匿名的な存在だからこそ、楽曲の求心力でリスナーを増やした「いいことがしたい」などのインディーズ時代。そしてメジャーデビュー後は他アーティストやバンドとの共演(LAGHEADSの作品への参加や、WONKらが在籍する“EPISTROPH”イベントへの参加、鈴木雅之への楽曲提供、西寺郷太作品への参加など)で、求められるキャラクター像や作家性に応えてきた印象が強い。裏を返せば、アーティスト・マハラージャンの次のタームがそろそろ訪れるのではないか? というタイミングなのだ。
今公演は見事ソールドアウトし、会場には老若男女のオーディエンスが詰めかけた。アナウンスで所属事務所の社長から全曲撮影OKの旨が告げられると歓喜の声が上がる。SEが流れ、メンバーが登場するのかと思いきや、曲名を簡略化した文字を衣装にあしらった“野音の精霊”が雛壇に続々と並び始める。クイズ番組の絵面のようなこの演出が後々効いてくるのである。
この日はお馴染みのサポートメンバー、小川翔(Gt)、皆川真人(Key)、まきやまはる菜(Ba)、澤村一平(Dr)に加え、竹上良成(Sax)、真砂陽地(Tp)、高井天音(Tb)のホーン隊とODYとTIGERのコーラス隊も加えた10人編成。オープナーはコロナ禍の閉塞感のリアルとそれを吹き飛ばすような「貞☆子」だ。ハンドマイクのマハラージャンは喜びを全身で表現し、ギターを携えた「僕のスピな人」ではロングトーンからシャウトへと早くも高い熱量のボーカルを聴かせる。去年初めて全国ツアーを経験したアーティストとは思えない歌の急成長に驚く。「示談」「地獄 Part2」と序盤は若干、淡々と演奏を進行している印象もあったが、「適材適所」で「たいたいたいたい! みんなでー!」と煽ったあたりから、コールアンドレスポンスを求め、会場のグルーヴがグッと太くなった。笑いながらグルーヴに酔い、踊るというマハラージャンのライブならではの醍醐味に引きずり込まれる。ちなみに先の“野音の精霊”は該当の楽曲が終わる直前あたりでステージから去っていき、全曲演奏を可視化する仕組みだった。
「今日はお忙しい中、『日比谷大宴会〜外〜』にお越しいただきありがとうございます。乾杯!」とお馴染みゴールドのマイボトルを掲げた後、改めて「今日は全曲やります。予習してきた人、正解です。全部やります!」と宣言し、やる気満々な拍手と歓声が贈られた。
続くブロックではホーンソロが映える「次行くよ」、マハラージャンが“モエチュウ”名義でハガキ職人として『星野源のオールナイトニッポン』に送ったジングルが元になったネオソウルテイストの「ねぇ、ねぶって」、ハードなリフにギタリスト・マハラージャンの振り幅を見た「権力ちょうだい」と音楽的なレンジを開陳。オーディエンスの曲への反応の良さに驚いたのは「行列」。食いぎみのリズムに合わせて上がる手はバンドの演奏にもエネルギーを送っているように感じる。マハラージャンのストラトと小川のレスポールの音の対比が心地よく、ツインギターも大きな見どころに。アウトロから澤村がビートをつなげ、ガレージロックな「先に言って欲しかった」に切り込んで行くスリル。「先に言って欲しかった」から「いうぞ」につなぐ歌詞面での面白みももちろん、ポストパンクなビートを続けられるのも全曲披露ならではだ。「いうぞ」は生音でビルド〜ドロップまで展開するという意味では彼の曲の中でも稀有なタイプのダンスミュージックではあるのだが。
11曲演奏したところで「いつもならここで半分ぐらいですけど、(まだ)前半です」という報告にも歓喜の声しか上がらない。ステージの上も下も相当タフだ。「今日は全曲やるんで、ライブで1回もやったことのない曲もある。僕の曲って変なのかな? 正直どう思われてるんだろう? 聞いてみたい、自意識過剰なのかな?」と、本音を交えた抜群の曲振りからの「自意識過剰」は皆川のシンセがYellow Magic Orchestraみに溢れていたり、この曲から「よそはよそ」につなぐセンスが抜群だったり。まさに全曲披露することで成立するナラティブである。タイトルに掛けたMCはその後も冴えを見せ、発声OKになったライブ現場と、社会に異議を唱えること両方に「声を上げる」ことの大切さを唱えたかと思うと、「僕のムンクが叫ばない」へ入。かと思えば、「おかしくなった人」はシュールな歌詞でありつつ、妙にソウルフルに聴こえて胸がギュッとなる。“楽しい”の中に様々な感情のレイヤーを発現させるのも彼のライブならではなのだ。
比較的ショートチューンが多いとは言え、音源の尺で31曲を披露すると演奏だけでゆうに2時間を超える。そこで発案されたのかどうかは不明だが、中盤にインディーズ時代の「何の時間」「いいことがしたい」「ちがう」「単純な作業」をメドレーとマッシュアップをミックスした手法で演奏したのは大いなる見せ場だった。“野音の精霊”たちも壇上で縦に整列し、どの曲がミックスされているのかを可視化。生身の人間を配置する方が映像で示すよりよほど大掛かりだが、印象は大げさではない。