日食なつこの爽快なる現在地 多数のゲストと変幻自在のアンサンブルでみせた『蒐集大行脚 -extra-』

 一転して新鮮だったのが、トラックを流しながらハンドマイクで歌った「vip?」である。彼女がライブで丸々1曲ピアノから離れて歌ったのは、なんとキャリアの中で初めてのこと。こうした自由さも、今の日食なつこを象徴するものなのかもしれない。作品ごとに多くのアレンジャーやプレイヤーと制作を共にし、ライブでその地力を鍛え続けてきた彼女である。そうした胆力があるからこそ、自身の表現を楽しみながら更新できるのだろう。何より情感豊かな声色を持つ日食には、どんなスタイルでも安定したボーカルを聴かせる力があると思う。

 「ここ数年で一番刺激を受けている」という、木川保奈美を招いた「seasoning」、「真夏のダイナソー」で再び景色が変わる。木川は昨年共にツアーを周った打楽器集団・LA SEÑASのメンバーで、新作『はなよど』(4月5日にリリース)にもアレンジで参加したパーカッショニストである。まず、全身でリズムを表現するようなプレイが印象的だ。笑顔で叩くパンデイロには躍動感があり、チアフルなサウンドに思わず心が踊ってしまう。ドラムセットに移動した「真夏のダイナソー」は、風が吹き抜けるような爽やかな演奏が気持ちよく、セットリストの中でもとりわけポジティブな時間になっていた。

 再びkomakiが登場したところから、ライブはクライマックスへと駆け抜けていく。10年近くライブを共にしてきたふたりの音に隙はなく、痛快なスピード感でピアノとドラムが並走していく「なだれ」がカッコいい。そこに仲俣が加わり、グルーヴィなダンスミュージック「ダンツァーレ」に繋がる展開も痛快だ。

 ここで参加したすべてのミュージシャンが改めて紹介されたが、練達のプレイヤーたちと共にリレーのように作り上げるライブは、豪華と言うほかないだろう。とりわけ沼能、仲俣、komaki、伊藤彩カルテットの8人布陣で披露した「音楽のすゝめ」が格別だ。日食の声にもどこか強い気迫のようなものを感じさせる。会場全体を飲み込むようなダイナミズムと、感動的な旋律が折り合わさった名演である。

 最後は彼女ひとりがステージに残り、リリースを数日に控えた新作『はなよど』から「やえ」を披露した。本ツアーの7公演では、それぞれ新作から1曲ずつ演奏してきたということで、きっとライブに足を運んでくれたファンへのプレゼントだろう。「やえ」は日食らしい儚くも凛とした静けさを持った楽曲で、抒情的なメロディがすーっと胸に入ってくる。作品ではストリングスが入った曲になっているが、弾き語りでは歌の美しさがことさら際立っていたように思う。

 さて、この日のライブでは、声出しの他にもうひとつ復活したものがある。3年ほど前まで彼女のライブに設置されていた、日食なつこへ手紙を届けるポストである。昔からファンから手紙をもらうことが多かったために作っていたという、いわば「日食なつこへの直送便」だ。ライブの冒頭、歓声を浴びて「この景色が見たかったんだよ!」と叫んだ姿も印象的で、すなわち彼女にとってのライブとは、喜びを(そしてもしかしたら哀しみを)交わし合う場所なのだろう。

 「やえ」を歌う前に語った「旅の続き、旅の未来。このライブを終えて次の旅を始める」という言葉通り、既に音楽家としては次なるタームを見据えているはずだ。充実したリリースとライブを続ける日食なつこの、爽快なる現在地を堪能したライブであった。

日食なつこ オフィシャルサイト
https://nisshoku-natsuko.com/

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