スピッツは変わらず“スピッツ”のまま新たな旅に出る 『コナン』の物語とリンクした瑞々しい優しさと反骨心
結成35年のバンドに対して今さらこんなことを書くのもどうかと思うが、現在スピッツは絶頂期を迎えていると思う。もちろんこれまでも絶頂期は何度もあった。というか、ずっと絶頂期だといっていい。少なくともアルバム単位で見たときに、彼らほど長年にわたりコンスタントに傑作を生み出し続けているロックバンドもそうそういないし、バンドとしての「核」の部分を貫き続けているロックバンドもそうそういない。
小学生のときに『涙がキラリ☆』(1995年)のシングルCDを買って以来、僕にとってスピッツが描き出すサウンドと世界観はある種の「基準」であり、折に触れて過去のアルバムも聴き返したりするのだが、いつもハッとさせられる。アトランダムにディスコグラフィを掘り返してみたときに、『名前をつけてやる』(1991年)も『インディゴ地平線』(1996年)も『三日月ロック』(2002年)も『醒めない』(2016年)も、まるで同じような温度と肌触りをもって響いてくるのである。もちろん、それぞれディテールのアイデアも醸し出す雰囲気も絶妙に違うし、今日は『ハヤブサ』(2000年)が肌に合うなとか、やっぱり『ハチミツ』(1995年)の気分だなとか、そういうことはある。でも、そんな些細な違いをはるかに凌駕して、スピッツはスピッツであり続けている。
それが本能的で自然なものなのか、あるいはどこかの時点で彼らの中で腹の据わった瞬間があったのか、それはわからないが、とにかく、スピッツは「スピッツであること」を常に全面的に受け入れ、それを肯定し続けてきたのである。とんでもないことである。しかも驚くべきことに、スピッツは近年、作品を重ねるごとにどんどんフレッシュに、もっといえばイノセントに、スピッツ的なるものを追求するようになってきているのだ。単に「若々しい」ということではない。スピッツがスピッツであることを誰よりも楽しみ、愛している、そんな感じが『醒めない』にもあったし、『見っけ』(2019年)はなおさらそうだった。アルバムタイトルだけを見ても、また新しい季節が始まったことがはっきりとわかるだろう。
その『見っけ』から約3年半、スピッツの久しぶりのCDシングルがリリースされた。4月10日に先行配信された表題曲は「美しい鰭」。この曲は映画『名探偵コナン 黒鉄の魚影』の主題歌として書き下ろされたもので、来るニューアルバムに向けてのガイドシングルとしての役割も担っている。
ところで『黒鉄の魚影』は劇場版『コナン』の26作目だそうだ。TVアニメがスタートしたのは1996年、原作の連載がスタートしたのは1994年。その間は、スピッツにとっては「ロビンソン」が大ヒットし、大きな転換点となったタイミングである。歳を取ることなく30年近くも生き続けている『コナン』のキャラクターたち、とりわけ薬の作用で子どもの姿になったきり、今も「あれれ〜」と言いながら名推理を繰り出し続けている江戸川コナンと、「ロビンソン」の頃から(正確にはそれよりもずっと前から)、変わらぬポップネスとそのなかに潜ませた鋭さを表現し続けている草野マサムネ(Vo/Gt)。両者は実はとてもよく似ている。
だから両者の邂逅は運命的だった、などと言うつもりはないが、「美しい鰭」が『コナン』の主題歌として、そしてそれ以上にスピッツが2023年の今鳴らすべき楽曲として、素晴らしいものになっているのは事実である。草野はこの曲のリリースに際し「コナンはミステリーである以前に、壮大なラブストーリーだと思ってる」(※1)という最高のコメントを出していたが(すべての『コナン』ファン、そしてスピッツファンが膝を打ったはず)、そんな『コナン』の本質を草野なりの視点で掬い上げることで、「美しい鰭」は期せずして「スピッツがスピッツであること」を改めて宣言するような曲になったのだと思う。
﨑山龍男(Dr)が鳴らすイントロの心弾むようなスネアロールから、華やかなホーンサウンドとギターの柔らかな響きによって「美しい鰭」は幕を開ける。田村明浩(Ba)らしいウネウネと動くベースラインも印象を残す中、ユニークなリズムで展開するAメロから、優しく語りかけるようなBメロを経て、穏やかさの中に凛とした強さが宿る、ファルセットが印象的なサビへ。三輪テツヤ(Gt)による力強いギターソロもしっかりと挿入され、ドラマティックではあるが、決してアッパーになりすぎることもメロウになりすぎることもない、心地いい微熱感が曲を通して続いていく。ロックバンドの美しさ、すべてを見定めたような透徹した眼差し、その上であくまで優しさや愛おしさの方へと歩みを進めようとする意志。そのすべてがスピッツにしか表現できない温度感で描き出され、やがて楽曲は聴き手の側に続きを放り出すような余韻を残して終わっていく。