藤井風、Netflix配信ライブ映像が浮き彫りにする人間性 規模を拡大する中で表れた“距離感”へのこだわり
Netflixにて3月10日より配信されているライブ映像作品『Fujii Kaze “LOVE ALL SERVE ALL STADIUM LIVE” at Panasonic Stadium Suita』は、藤井風という人間を知るにはこの上ない完成度だ。この公演は昨年10月に行われた自身初の有観客野外ライブで、2日間でのべ7万人を動員。同映像はライブ演出も手掛けた山田健人が監督を務め、全17曲を完全収録している。
「遠くにいっちゃったよね」と思わせない会場選び
まずポイントとなるのがロケーションである。会場となった大阪府吹田のPanasonic Stadium Suitaは、2015年に開業したサッカー専用スタジアムで、音楽ライブを行うのはこれが初。なぜ今までライブが行われていない会場を選んだのか。藤井風アプリに投稿されたスタッフ日記では、その理由を以下のように説明している。
「初めて風のライブに来てくれた方にも『近い〜』と思ってもらえる、何度か風のライブに来てくれているファンの方にも『遠くにいっちゃったよね』と思わせない、存在としてはもちろん、視覚的にそう思ってもらえるような、会場を探すことにしました」(スタッフダイアリー『風の秋まつり Part.1』より)
スタジアムでのライブは、一見すると“近さ”とは相容れないチョイスに思える。しかし、先述した通りパナスタはサッカー専用スタジアム。陸上トラックがなく、スタンド席最前列からタッチラインまでの距離が約7メートルと、国内のスタジアムで最も近いことで知られている。つまりこの会場選びには、できるだけ多くの人に藤井風の存在を身近に感じてもらいたいという意図がある。
加えて、本公演が開催された時期は、ちょうど「死ぬのがいいわ」(1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』収録曲)が世界中でヒットを記録していた。各国のチャート上位を軒並み席巻し、海外リスナーの割合が急増。ライブ翌月にはストリーミングサービスにおける国内アーティスト初の月間リスナー1,000万人を突破し、一アーティストからまさに“世界の藤井風”に変貌を遂げている渦中であった。
いま世界から注目を浴びている藤井風は、決してあなたにとって遠い存在ではないーーそんなメッセージがロケーション選びから感じ取れる。今回の映像を観る上では、ステージと客席の近さ、そしてその近さに込められたこうしたアーティストサイドの思いにも注目するとより深みが増すだろう。
さらに最大のポイントは楽曲の見せ方だ。大型のスクリーンを背景に設置したことによる視覚的な演出や、特殊効果を利用した迫力抜群のステージングなど、広大な会場を活かしたダイナミックな演出が目を引く。加えて本公演では複数人のダンサーを起用。多い時で16名のダンサーが登場し、演奏陣含めて合計で20人以上がステージ上に同時に立つ瞬間もあった。こうしたスタジアムらしい大掛かりな演出によって、いわば“お祭り感覚”を味わえる映像になっている。
また、今回の公演ではマイクを持って歌唱に徹する時間がほとんどの割合を占めている。この年の春から夏にかけて開催した全国ツアー『Fujii Kaze alone at home Tour 2022』では、ピアノの弾き語りによるリラックスした雰囲気で観客をゆったりと楽しませていたが、今回はボーカルとダンスに重きを置き、比較的フィジカル的な側面を強調している。観ていると自然と力が湧き上がってくるような、エネルギーを感じるライブ作りだ。
演奏面にも着目すると、ギターはSuchmosのTAIKING、ベースの真船勝博とドラムの佐治宣英はデビュー当初よりライブのサポートを担当している面々で、キーボードは藤井作品のサウンドプロデュースも務めるYaffle。こうした腕利きのミュージシャンたちとの息のあったパフォーマンスによって、純粋に音楽ライブとしての質も高い。
藤井は、この公演の前年に日産スタジアムでのライブ『Fujii Kaze "Free" Live 2021 at NISSAN stadium』を開催している。しかし、その時は無観客での配信ライブであった。曲の見せ方も、ピアノ一つだけによる全編弾き語りライブであったため、ある意味で本公演は日産スタジアムの時とは真逆のスタイルに挑んだと言っていいだろう。同じスタジアムライブでもまったく異なる方向性のステージを展開している。