アニメ『REVENGER』の異国情緒あふれる音楽が生まれるまで Jun Futamata、伝統楽器を駆使した初の劇伴制作を語る
『魔法少女まどか☆マギカ』や『PSYCHO-PASS サイコパス』などの脚本を手掛ける虚淵玄が10年ぶりにストーリー原案・シリーズ構成を務めるオリジナルTVアニメ『REVENGER』(TOKYO MXほか)の劇伴集『TVアニメ「REVENGER」オリジナルサウンドトラック 黎』が2月22日にリリースされた。音楽を担当したのはこれが初の劇伴作品となるシンガー/コンポーザーのJun Futamata。2021年に発表した初のソロアルバム『GRAVITY』では北欧のアーティストに通じる透明度の高い音像と、声を楽器のように扱うアレンジで美しい世界観を提示したが、本作では三味線、筝、シタール、バーンスリー、マリンバといった様々な伝統楽器・民族楽器を使用し、江戸末期の長崎を舞台とする『REVENGER』の世界観を見事に演出している。年内にはアイスランドにあるSigur Rós所有のスタジオで録音を行った新作のリリースも予定されているというJun Futamataに、これまでのキャリアと劇伴の制作について話を聞いた。(金子厚武)
渡米経験から、“歌詞のない歌”への興味まで
ーープロフィールには「単身でニューヨークに渡り、ビバップメソッド、コード進行に基づく即興性を学ぶ。並行して、NYのジャズクラブで実力派ミュージシャンとの即興セッションを重ねる」とありましたが、キャリアのスタートがジャズだったのでしょうか?
Jun Futamata(以下、Jun):ジャズと、ブラジリアンミュージックが好きでした。もともとは高校生の頃にヒップホップやハウス、ガラージなど、アンダーグラウンドな音楽をたくさん聴いていて、最初に買った楽器はシーケンサーで、最初に作ったのはドラムンベースでした。でもだんだん生音に興味があることに気づいて、あるとき「ジャズのスタンダードを歌いたい」と思ったのが出発点になりました。
ーーニューヨークに行く前も音楽活動をしていたのですか?
Jun:社会人になって、ラジオ局に勤めていたんですけど、毎日素敵な音楽を浴びる中で、「やり忘れてしまったことがあるな」と思い立って、ニューヨークに行くことを決めたんです。それまでは自由にセッションができるジャズクラブに譜面を書いて持って行って、そこに集まった方たちとセッションをしたりしていました。セッションではいろんな楽器の絡み方が面白いなと思って、ボーカルではあるんですけど、メインテーマの役割よりもスキャットとか、アドリブで遊ぶ方に興味が湧いていって。なので、フルートのメソッドを使ったりとか、ボーカルと同じようなフロント楽器のモチーフやコードの中での動きを勉強したりしていました。
ーーニューヨークにはどれくらい行かれていたんですか?
Jun:期間としてはすごく短くて、旅行ビザで行けるショートタイムで学べるだけ学んで来ようと思って。向こうに行ってからは、毎日トップミュージシャンのライブをたくさん見て、その後に現地のミュージシャンとセッションをする毎日だったんですけど、夕方4時くらいからライブを4本くらい見て、その後夜中の1時からセッションに行って、朝7時に帰ってくる、みたいな生活で(笑)。当時はまだ稚拙だったと思うんですけど、みんな「やってみなよ」って、入口がすごく広くて、チャレンジできる土俵があったのはすごくありがたかったです。あとは、学びたい技術を教えてくれる先生を見つけて、直接教えてもらいに行ったり、尊敬するアーティストのワークショップに参加したりもしました。
ーーそうやってたくさんの刺激を受けて、帰国後に本格的にキャリアをスタートさせたと。2021年には初のアルバム『GRAVITY』をリリースされていますが、ジャズだけではなくいろんな音楽の要素が混ざっていて、クラシカルな部分も大きいと感じました。
Jun:それまで歌ものは何曲か作っていたんですけど、2019年にコンセプチュアルな作品が作りたいと思い立ち、「生命」をテーマに作ったのが『GRAVITY』でした。『GRAVITY』を作る前にやっていたライブでは、スタンダードジャズやブラジリアンをやりつつ、そこにスパイスが欲しくて、いろんな曲を5拍子にして歌ったり、ルーパーを使って自分の声をその場で多重録音しながらオケを作って、その上で歌ったりもしていて。そこからの発展が『GRAVITY』になった部分もあるかと思います。
ーー『GRAVITY』で聴くことのできる声を楽器のように使うアプローチは、具体的なインスピレーション源があったのでしょうか?
Jun:具体的なものはないのですが「劇伴に声を提供してほしい」という案件をいただくようになり、それが私の中ですごく楽しくて、「こういう方向性での声の使い方にはすごく可能性があるな」と気づいたのが大きかったかもしれないです。お仕事で資料としていただいたヨンシーの『We Bought a Zoo』がすごく印象的だったり、別の案件では「弦アレンジを声で作りたい」とnote nativeさんよりオファーいただき、Coldplayの「Viva La Vida」を歌ったことがあるのですが、そういった経験をいくつかさせていただく中で、だんだんと歌詞のない歌の表現に興味を持っていったのではないかと思います。
ーーヨンシーの名前が挙がりましたが、ビョークだったり、ヨハン・ヨハンソンだったり、アイスランドのミュージシャンからの影響も大きいのかなと。
Jun:今挙げてくださった作家さんはみなさん知っていましたが、全員アイスランド出身とは知らずに聴いていました。ミュージシャンではないのですが、オラファー・エリアソンの表現がとても好きで、彼の作品をきっかけにアイスランドという土地が持つパワーだったり、そこに生活する人々の精神性に惹かれていきました。
ーー昨年実際にアイスランドにあるSigur Rósのスタジオに行って、レコーディングをして、今年アルバムを発表予定だそうですね。そちらも楽しみにしています。
Jun:ありがとうございます。
「頭の中で鳴っている音に、どんな楽器が合うのか」
ーーこれまでボーカルで参加されることはあっても、ご自身で劇伴を手掛けられるのは今回が初めてですよね。
Jun:そうですね。今回、劇伴制作を手伝っていただいた本澤尚之さんの紹介で、『GRAVITY』を聴いてくれた音楽プロデューサーの方に声をかけていただきました。お話をいただいた時は、嬉しさと驚きで息が止まるような緊張を感じたことを今でも鮮明に覚えています。『GRAVITY』は個人的に作った作品で、リリースも自分でして、そこからの発展は特に見えてなかったんですが、とにかく自分らしいと思えるものを妥協なく作った作品だったんです。今回はその作品をきっかけにいただいたオファーだったので、精一杯期待に応えたいと思いました。
ーー実際の制作に関しては、アニメからどんなインスピレーションを受けて、大枠の方向性を決めて行ったのでしょうか?
Jun: 江戸時代の長崎が舞台なんですけど、貿易が盛んで、さまざまな文化が入り混じる異国情緒あふれる様子をどう音楽で表現しようかと考えました。日本以外の国のスパイスも感じる、混沌とした空気を目指しました。現実にあったかもしれない世界を描くために、どんな音が鳴っていただろうと想像を廻らせ、いろいろな楽器の方に参加していただきました。
ーーまさに、『GRAVITY』から通じる部分もありつつ、いろんな国の民族楽器/伝統楽器が使われていて、「ここではないどこか」を演出していますよね。とはいえ、普段の作風とは違う分、難しさもあったのではないかと思います。
Jun:楽器のことはたくさん調べました。「頭の中ではものすごく太い笛の音が鳴ってるんだけど、どんな楽器が合うんだろう?」と考えてスタッフさんからも意見をいただきつつ、たどり着いたのがバーンスリーだったり。シタールはどんな音階なのか、ソロを弾ける楽器なのかどうかなどわからないことも多く、現場でシタール奏者の武藤景介さんと一緒に考えながら作ったりもしました。バーンスリーを使った曲も、メロディのレンジが広く、一本の笛だと吹けないところを演奏者の寺原太郎さんがアイデアを考えてきてくださり、現場で相談していくつかパターンを試しながら、皆さんのサポートのおかげで乗り越えることができました。