杉真理×クリス松村、デビュー45周年“Mr. Melody”の軌跡を辿る 竹内まりや、大瀧詠一ら魅了した音楽のバックストーリー

杉真理の音楽を後押しした大瀧詠一の言葉

クリス:この作品集は本当にそういう隠れた名曲がたくさんありますよね。杉さん自身が「これは最高の曲ができたな」と思った提供曲は?

杉:これだけ長きにわたり曲をつくってきているのに、僕は新しい曲ができるたびに「これ、最高じゃない?」って思うタイプなんですよ。

クリス:素敵なお答え、ありがとうございます。今年は杉さんのデビュー45周年であり、『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』の発売40周年イヤーでもあります。大滝詠一さんは杉さんの1stソロアルバム『SONG WRITER』の時から杉さんに注目していたとか。

杉:今回のBOXをつくって思い出したんですが、「A面で恋をして」(ナイアガラ・トライアングル/1981年)をリリースした後、観客がヘッドフォンで音を聴く『ヘッドフォン・コンサート』が開催されて僕も佐野元春くんと参加したんです。その時、大滝さんが僕の紹介で「彼は作家としても活躍中で」みたいなことをおっしゃったんですよ。それがこうして40年後に結実したのは感慨深い。

クリス:さすが大滝さん、先見の明があったんですね。大滝さんの一言で杉さんが背中を押されたこともあったそうですね。

杉:『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』の「Nobody」という曲は「今さらビートルズはどうなの?」という反応もあったんです。でも、大滝さんは「これは杉っぽいからやった方がいい」と進言してくれた。自分が好きなものは最後まで残るということを大滝さんのおかげで早い段階で気がついたのは大きかった。時代や流行りに流されずに音楽を続けられたのは、あの一言があったからだと思いますね。

クリス:『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』がVol.1が大きく違うのは、Vol.1の山下達郎さん、伊藤銀次さんは大滝さんと交流のある人たちだったけど、Vol.2はそうではなくて、大滝さん自らが若くて可能性のある新人のお二人に声をかけたことですね。

杉:1981年の新宿のルイードのステージでいきなり大滝さんの口から『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』にお誘いいただいた時は驚きましたが、僕が即座に「やります!」と答えたのがよかったんです。あの時、「事務所と相談して決めます」なんて言ってたら、ナイアガラの話はなかったと、随分後になって大滝さんから聞きました。

クリス:即答が重要だった! それはミュージシャンだからですよね。だって、杉さんは当時、ホリプロに所属されていたんですよね。

杉:そうなんです。でも、あのルイードの場で大滝さんは既成事実をつくった。

クリス:佐野さんは事前に内示を受けていたとも……。

杉:といってもその1時間前くらいですよ。僕がライブをやっている間にルイードのビルの1階の喫茶店で佐野くんに話したらしいから。ステージでVol.2の制作が発表された時、佐野くんが妙に落ち着いていたのはそのせいだったんです。「佐野くんもどうだい?」と大滝さんが振ったとき、「……やります」って一瞬タメがありましたからね(笑)。

須藤薫への感謝と強い思い

クリス:うわーっ! 貴重な証言いただきました! この6枚組CD BOXには70年代末から近作まで様々な杉真理提供曲が収録されていますが、CD6は杉さんが須藤薫さんに提供した20曲だけで構成されています。

杉:薫さんにはスタッフライターとして50曲近く書かせてもらったので、厳選した20曲を年代順にセレクトしてみました。

クリス:1アーティスト2曲までという基準で杉さんが選んでいくなかで、例外がハイ・ファイ・セットの6曲と須藤薫さん。

杉:ハイ・ファイ・セットも17曲書かせてもらったので、絞るのは悩みました。

クリス:潤子さんのクールな歌声が今、聴いても素敵なんですよね。須藤薫さんもハイ・ファイ・セットと同じく松任谷由実さんと縁の深いシンガーですね。

杉:薫ちゃんは1979年にデビューして、ディレクターに紹介されて曲を提供するようになったんですが、その頃の彼女はロバータ・フラックのようなシンガーを目指していたので、60年代ポップス風の曲には最初は抵抗があったみたいで。でも、歌ってみたら気持ちが良くてそのテイストがフィットした。

クリス:作詞は呉田軽穂こと松任谷由実さん、作曲が杉さん、アレンジは松任谷正隆さんというチームも最強でした。

杉:そうなんです。僕は薫ちゃんに曲を提供することで成長させてもらったと思っているんです。それまでの自分はキャッチーでポップな曲も大好きなんだけど、どこかひねくれた部分があったんです。ユーミン(松任谷由実)や松任谷さんのおかげもありますが、そのガードを外してくれたのが薫ちゃんでした。

クリス:ユーミンさん、杉さん、須藤さんの3人でジョイントコンサート『Wonderful Moon』を開催したこともありましたね。

杉:ライナーにも書きましたが、ディレクターは僕と薫ちゃんを本当にくっつけようとしていたんですよ。カップルになったら杉はもっと曲を書くんじゃないかって魂胆で(笑)。

クリス:何ですか、それ(笑)!? 須藤さんとはその後も長いお付き合いになりましたが、その理由はどこにあったと思います?

杉:彼女は結婚、出産で一時期は音楽活動から引退して、「私の仕事は主婦」という生き方を選んだんですが、その頃からお互いに本音で深く付き合えるようになったんです。

クリス:それまでのシンガーと作家という関係性がそこで変わった? 仕事という環境を一度離れて、見えてきたものがあったということでしょうか?

杉:そうだと思いますね。久しぶりにライブで一緒にステージに立った時、彼女の母性を感じさせる深い豊かな歌声はこみ上げるものがありましたね。

クリス:まさにミューズですね。90年代後半からは須藤薫&杉真理の名義で活動されましたが、80年代の曲を再レコーディングしようとは思わなかった?

杉:僕は再レコーディングってダメなんですよ。今のスキルでやり直したくなるような過去の曲もありますが、その青臭さ、拙さも含めてその時の自分。成長した部分はライブで歌って聴いてもらえばいいと思っているんです。

クリス:さすがです。杉さんは2013年に須藤さんが天に召される前までお仕事を一緒にされていました。

杉:薫ちゃんの復活に尽力されたソニーの若杉哲夫さんが亡くなった後のライブで、彼女が涙をこらえて歌った「Forever Young」は忘れられませんね。まさかその翌年の春に彼女が亡くなって、彼女のお別れ会で僕が「Forever Young」を歌うことになるとは……。でも、ちゃんとレコーディングしておいて良かったと思いますね。

クリス:この作品集における須藤薫さんの存在の大きさ、杉さんの彼女への強い思いをすごく感じました。

杉:僕も出来上がってから、これは薫ちゃんへのプレゼントでもあるなと感じました。最近になって知ったのは、彼女の1stアルバム『CHEF'S SPECIALl』には大瀧詠一さんの「あなただけI Love You」も収録されていて、僕の提供曲「LOVE AGAIN」が注目されるきっかけになったらしいんですよ。それが『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』への布石にもなったと思うと彼女には感謝しかない。

クリス:これは杉さんの音楽ヒストリーでもあり、日本のポップスの貴重なクロニクルにもなっているんですよね。これだけ多くの曲をまとめることが出来たのは杉さんが築いてきた信頼、信用の賜物だと思います!

杉:スタッフが奔走してくれたおかげですけどね。

クリス:作品集を聴いて感じたのは、杉さんはこの世に嫌いな人がいないんじゃないか? と思うほど人間や人生に肯定的ですよね。

杉:そうですね。僕の人生で会う人はきっと面白くて素敵な人だろうと期待して生きてきたからかもしれないですね。

クリス:それ、ポップスにとってはすごく重要です。

杉:昨日、まりやからBOXが届いたと連絡があって、添えられた「この作品集を仲間として誇りに思う」の一文には、ちょっとグッときちゃいましたね。

クリス:本当はこのBOXについてなら何時間でもおしゃべりしたいところですが、もっと詳しく知りたい方は杉さんの素晴らしい曲を聴きながら、渾身のライナーノーツを読んでいただきたいです。

■リリース情報
『Mr. Melody~杉 真理提供曲集~』
監修・選曲: 杉真理 CD6枚組 
収録曲数: 116曲
価格:¥11,000(税込)
商品概要リンク

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