杉真理×クリス松村、デビュー45周年“Mr. Melody”の軌跡を辿る 竹内まりや、大瀧詠一ら魅了した音楽のバックストーリー

ビートルズから学んだユーモア=“なんちゃって”精神

クリス:提供曲やCMソングは、ご自身のソロの音楽と目的が違いますよね。そこで逡巡されたことはありましたか?

杉:最初は地方の自動車教習所や小さなコンビニのCMソングとかいろいろ作りましたが、いろんな制約があるから曲に工夫が必要なんですよ。例えば、「ウィスキー」ではなく「ウイスキー」と発音しなくちゃいけないとか。

クリス:杉さんの人気ナンバー「バカンスはいつも雨(レイン)」もチョコレートのCM曲でしたね。

杉:あの曲は歌詞の〈Don’t Cry〉を日本語にしてほしいと言われて、散々粘ったんですけどダメで、「分かりました。じゃあ、事務所を辞めます」と啖呵を切ったんですよ。でも、ヒットしたら手のひらを返すんですよね(笑)。

クリス:杉さんに限らずそういうエピソードってあるみたいですね。自分の美学にあわないことをやってみたら、それがヒットしちゃったという話。杉さんもアレンジや歌詞でイメージが変わった曲はありますか?

杉:まりやに2曲目に提供した「ムーンライト・ホールド・ミー・タイト」は、自分はビートルズっぽい感じになるだろうなと思っていたんですが、センチメンタル・シティ・ロマンスの告井延隆さんのアレンジですごくアメリカンになって、その時はちょっとガッカリしたんですけど……。

クリス:後日譚があるんですね。

杉:30年後に告井さんとライブをした時、「実は僕もあの曲はビートルズっぽくしたかったんだよね」と告白されて、二人で仲良くカバーした、なんてこともありました。

クリス:BOXにも収録されたPiccadilly Circusの「Never Cry Butterfly」は、まりやさんもカバーされていますが、Piccadilly Circusが演奏しているのは山下達郎さんがサウンドの指向性の違いをお分かりだからですよね。

杉:そうなんですよ。達郎さんもアコギで参加していますけど、僕らに任せてくれて。「Dear Angie ~あなたは負けない」(以下、「Dear Angie」)の編曲もBOX(杉真理が参加するバンド)が手がけました。

クリス:まりやさんは、「Dear Angie」は「ホールド・オン」とも繋がる杉さんの熱い想いを歌詞に感じたそうです。

杉:彼女も気に入ってくれて、泣けたって。

クリス:まりやさんは忖度のない方ですよね。

杉:まさしくそうなんですよ。10年くらい前、ポール・マッカートニーの来日公演でリハーサルを見る機会があって、まりやも一緒だったんですが、ステージでリハが始まったら立ち上がって、「ポール! ポール!」って叫んでいましたから(笑)。

クリス:そういう素直で屈託のない方だから、ずっとブレないんですね。

杉:その通り!

クリス:この作品集は年代順ではなく、杉さんが「聴いて楽しい曲順にした」そうですが、CD1の1曲目を飾るのは鈴木聖美 duet with 杉真理の「Precious Friend」。聖美さんに「杉さんに曲を書いてもらうといいよ」と推薦されたのは、須藤薫さんだったそうですね。

杉:そうなんです。クリスさんも聖美さんの35周年記念ベストアルバム『I've Got Soul』の選曲を手がけていましたね。

クリス:はい。ただ、シングル以外の曲でセレクトしたので「Precious Friend」は泣く泣く外したんです。その次の須藤薫&杉真理「恋愛同盟」、「Dear Angie 」と、杉さんの作曲のみならず作詞の素晴らしさを味わえる曲が続きます。

杉:恐縮です。

クリス:ちなみにCD1は、どういう思いで選曲されたんですか。

杉:ティーンエイジャーの僕が聴いても新鮮に感じられるような流れを意識しました。僕は時代は変わっても、自分の元にある感性はそんなに変わらないんじゃないかと思っているんですよ。

クリス:聴き手の意識が強いのは昔からですか。

杉:そうですね。作り手は曲の青写真を持っているけど、聴き手はそれがないから途中で飛ばされないような曲を作りたいと心がけてきました。

クリス:分かります! 聴き手は作り手の意図などお構いなしに、イントロがイマイチというだけで飛ばしますからね。その元となる基準は、ビートルズが好きだった頃の自分ですか?

杉:そう。ずっとビートルズは好きだし、初めて聴いた頃にピンとこなかった曲を後に好きになるケースもあるけれど、やっぱり少ないんですよね。

クリス:杉さんのようなビートルズ通でもそうなんですね。

杉:あと、ビートルズにはユーモアのセンスを学びましたね。いろんな音楽の要素を取り入れながら本格的になりすぎない「なんちゃって」精神。僕はそれがポップスの肝じゃないかと思うんです。

クリス:この作品集でも、ジャズ風、R&B風、オールディーズ風と杉さんの幅広い音楽性が楽しめるわけですが、ビートルズの「なんちゃって」精神がそこにはあった。だから、ジャズっぽい「ウイスキーが、お好きでしょ」が多くの人に届いたんですね。提供曲のなかにはご本人を知らないで作った曲もあると思いますが、難しいケースもありましたか?

杉:できる限り制作陣のイメージを汲み取ってベストは尽くしますが、僕の場合はボツにするかしないかはスタッフに任せますね。ボツになった曲が後で自分のオリジナルに発展する場合もありますし。

クリス:それも作家/アーティストの方によくあることのようですね。

杉:井上昌己さんのデビュー曲「メリー・ローランの島」は、直前まで別の曲を提出するつもりだったんですが、何か違うなと思って慌てて作り直した曲なんです。その別の曲は僕のアルバムに入りました。

クリス:SAYAKA(神田沙也加)さんの「パラソルと約束」がこの作品集が初の商品化だったことにも驚きました。ご本人も登場されたCMソングだったので聴き覚えのある曲なのにCD化されていなかったとは!?

杉:なぜだかお蔵入りになってしまって。未発表バージョンのお披露目は今回が初なんですよ。

クリス:この作品集で聴くことができて本当によかったです。SAYAKAさんの次に松田聖子さんの「雨のリゾート」という流れも素晴らしいですね。ライナーノーツによると、聖子さんと杉さんがこの曲をコンサートでデュエットしたこともあったそうですね。

杉:(松田聖子の)親衛隊の皆さんに「(その衣装)似合わねぇぞー」なんて野次られながらね(笑)。聖子さんにも何曲か提供させていただきましたが、どんな曲でも完璧に自分の世界にしてしまう稀代のシンガーだと思います。

クリス:作詞の松本隆さんは杉さんの大学の先輩でもありますね。

杉:聖子さんの「Dancing Café」の打ち合わせで松本さんに会ったとき、「杉、いくつになった?」と聞かれて、「30歳になりました」と答えたら、「ざまーみろ」と言われたのをよく覚えています(笑)。

クリス:アイドルにもたくさんの曲を提供されていますが、私が印象に残ったのは堀ちえみさんの「君といる世界」という2007年の曲。

杉:ちえみさんにはアイドル時代にも曲を書いたことがあったんですが、久しぶりにお会いしたら、芯のある素敵な女性になっていて。「君といる世界」は彼女が作詞もして、歌がまたいいんですよ。皆さん、「この曲すごくいいけど、誰?」って聞きますね。

関連記事