スロータイも評価するアンダーグラウンドヒップホップの新鋭 Jeshiが歌う、イギリス労働者階級をめぐる貧困や社会問題
イギリスのイースト・ロンドン出身のラッパーJeshi(ジェシ)。2017年にはグラミー受賞プロデューサーのムラ・マサがプロデュースした『Paranoid』をリリースし、人気YouTube番組「A Colors Show」にも出演。2019年にはイギリスのパンクムーブメントの精神を継承しているマーキュリー賞ノミネートラッパー、スロータイとヨーロッパツアーを実施し、イギリスのアンダーグラウンドヒップホップシーンで頭角を表す。2020年にリリースしたEP『Bad Taste』はメディアやファンから高い評価を得ており、イギリスの労働者階級の現実と日常を描いたリリックが多くの共感を呼んだ。そんなUKヒップホップシーン注目のラッパーが11月25日にデビューアルバム『Universal Credit』のデラックス版をリリースした。
『Universal Credit』は、イギリスにおける低所得層向けの給付制度を統合する「ユニバーサル・クレジット」というシステムをテーマに、イギリスのリアルを描いている。父親不在のなか、母親と祖母によって育てられたJeshi。ロンドンの若者の間でナイフ犯罪が増加するなか、彼も11歳の頃にはナイフを持ち歩いていた。しかし彼は13歳のとき、家族の前でリンチをされた結果、人生が一転したようだ。彼は報復をする人生ではなく、生きて幸せになることを選んだと述べている。
自分のエゴは“やり返せ”って言ってくる。でも“生きているからそんなことはどうでもいいじゃないか”と思ったんだ。(※1)
当時のことを振り返るJeshiのこの言葉に、彼のパーソナリティが詰まっていると言えるだろう。彼はその後DIYで音楽活動を開始し、イギリスの“普通の人”が経験する等身大の生活と感情についてラップするようになる。
イギリスのヒップホップ関連/派生の音楽でいうと、グライムやドリルなどがあるが、Jeshiのスタイルはそのどちらでもない。2000年代にUKガレージなどのダンスミュージックから派生したアグレッシブなラップミュージックとして一世風靡したグライム、そして重いベースの上でストリートで起こる犯罪などについてラップするドリルは、どちらも貧困や社会問題を起因とした“リアルな環境”を描いている。グライムは1970年代に起こったパンクムーブメントと比べられることが多く、ストームジーやスロータイのような現代のアーティストたちは労働者階級を代弁し、政治に対して声を挙げている。特にJeshiともツアーを行ったスロータイは、1stアルバム『Nothing Great About Britain』で「グレート・ブリテン」と呼ばれるイギリスの“グレートさ”を風刺し、ライブではボリス・ジョンソン首相の人形の頭を持ちながら「F*ck Boris Johnson!」と叫んでおり、70年代パンクムーブメントの精神を現代で引き継いでいることがわかる。スロータイとJeshiには共通点も多いが、Jeshiはイギリスの一般的な労働者が日常的に感じる“生活”の問題について語っているという意味では、現代のパンクというよりブルースと言えるだろう。