佐野元春に聞く、最高を塗り替えていく音楽家であり続けるための秘訣 欠かせないバンドの存在も

「いつも思うのは、あまり悲観的になるのはよそうということ」

――新作のブックレットに佐野さん自身も文章を寄せていますが、そこではTHE COYOTE BANDについて「元々独立心を持ったミューシャンでありタフな連中だ」の後に「さほど体型も変わらず、国から徴兵されることもなく」と続きます。もちろん、そこにはユーモアも込められていると思いますが、この「さほど体型も変わらず」っていう部分も実は大切なのかなって。それは、近年の佐野さんのライブを見ていてもよく思うことで。ご本人を前にしてこんなことを言うのは照れるのですが、毎回、最新の佐野元春が一番カッコいいんじゃないかって思うんですよ。最近ではルッキズムのような言葉で否定的に捉えられることもありますけど、いや、見た目も重要でしょっていう。

佐野:よく言われる。正直に言うと、一時期だるかったというか、ちょっと冴えねぇなという時は確かにあった。変わったのはアルバム『Maniju』を出したころ、2018年だったかな。テニスプレーヤーのジョコビッチの本を読んだのがきっかけだった。自分のアレルギーを知って、食事の内容を変えた。そうしたらいい感じになってきた。その頃に髪も短くして。

――ミュージシャンもある種のアスリートだとするなら、短距離ランナー型から長距離ランナー型へと意識を変革していったような感じですか?

佐野:なんていうか、あるときから意識のアップデートが必要だった。自分が到達したいビジョンがあって、そこに身体と心をフォーカスしていった。その頃から“ヤング・フォーエバー”状態(笑)。自分の曲の引用で悪いけれど〈できるだけ遠くまで翔けてゆけ〉ってかんじだ。

――そして、同じ文章の「国から徴兵されることもなく」というところにも表れていますが、現在、日本の社会は政治的にも経済的にもとても不穏な空気に包まれています。『今、何処』を最初に聴いた時、自分はそのリリックから窺える厳しい現状認識、そして諦観のようなものに衝撃を受けたんですね。でも、こうしてお話を伺っているうちに、健全な肉体や精神があるからこそ、そうした悲観的なビジョンでさえ躍動感のある音楽として届けることができるのかもしれないと思いました。

佐野:あぁ、そうだね。いつも思うのは、あまり悲観的になるのはよそうということ。大人になればどうしたって悲観も入ってくる。理知で捉えたら世界は楽観できない状態だよね。でもポップ音楽はいつも新しい人たちの傍で寄り添うべき音楽。彼らの喜怒哀楽をそっとサポートする、そういう音楽だと僕は思っている。だから、なるべく自分のそうしたマチュアな(成熟した)感じ方を音楽に出さないように気をつけている。

――逆に言うと、いくら気をつけていても、そこからこぼれ落ちるものはこぼれ落ちてきてしまうということですね。

佐野:それはしょうがない。それを察知してくれる若くて冴えてる聴き手がいることも知っている。いつも思うのは、自分なんかよりももっと感性が豊かな、もっと想像力が豊かな聴き手が僕の音楽を聴いてくれているってこと、それを意識している。だから聴き手のことを「この辺でいいだろう」なんて軽く見積もることは決してできない。

〈より良い明日へと“紛れていく”〉

――『今、何処』の事実上の最終曲の「明日の誓い」で歌われている言葉は、佐野さんのこれまで書いてきた曲とちょっとニュアンスが違う気がしました。比喩が少なく言葉がとても裸なこと。それと、佐野さんは常に“今”のことを歌ってきたソングライターだと自分は認識しているのですが、ここでは“明日”について歌っています。

佐野:「明日の誓い」はギターのリフを聞いてもらえばわかるとおりTHE BYRDSリスペクトのフォーク・ロック。ライブではすでにファンに披露していた曲。どちらかというと、過去のTHE HEARTLANDやTHE HOBO KING BANDのマナーの曲だ。でもここでTHE COYOTE BANDはすごくセンスのいい演奏をしている。僕も気持ちがシンプルになって真っ直ぐに唄えた。良かったのはこの曲がアルバムの最終曲として思った以上に光を放つ曲になったこと。この先ライブで演奏するのが楽しみだ。

――リリックの中の〈より良い明日へと歩いてゆく〉という、J-POPでもこれまで散々歌われてきたような言葉が、佐野さんの表現としては異質な感じもしたんですが。

佐野:そうかな。使い古したクリシェも演奏や唄い方で変わる。でもこの曲のメインポイントは〈より良い明日へと“歩いてゆく”〉ではない。〈より良い明日へと“紛れていく”〉だ。自分で言うのは野暮だけど、この表現にたどり着くまで2年かかった。

――なるほど、すごく納得しました。これだけ素晴らしい2作のアルバムを作って、バンドも非常に良い状態で、音楽家・佐野元春として今はすごく良い時期だと思いますが、この国に暮らす一人の生活者の佐野元春さんとして、これから先の5年、10年を見据えて今どのようなことを考えているかを最後にお伺いしたいのですが。

佐野:悪いけど、生活者としての佐野元春は何もないです。何もない。

――そうですか(苦笑)。どうしてそんなことを聞いたかというと、自分もこれまで50年以上生きてきて、世の中がこんなに早いスピードで変わっていくのを見るのは初めてだぞ、という実感があるんです。多分、これは錯覚じゃないぞと。なので、生活者ではなくても、一人の世界の傍観者の佐野元春として、現在の世界をどのように見ているのかが知りたかったんです。

佐野:あらゆる熱狂に気をつけるように。でも楽しく、落ち着いていこうぜ。

――おお。

佐野:本気だよ。

――でも、佐野さん自身も、たとえば特定のミュージシャンやアーティストに熱狂してきたこともありますよね?

佐野:熱狂してもどこかで醒めてる。いつでも引きかえせるようにしている。

――自分の人生を楽しむためには、熱狂には気をつけた方がいいっていうことですか?

佐野:そうだ。変な熱狂には用心するに越したことはないよ。

※1:Twitter上にあがった一般リスナーからの『今、何処』アルバム・レビューまとめhttp://www.moto.co.jp/features/where-are-you-now/impressions-album

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