佐野元春に聞く、最高を塗り替えていく音楽家であり続けるための秘訣 欠かせないバンドの存在も

 佐野元春が7月にリリースした最新作『今、何処』が、各所で反響を呼んでいる。4月にリリースされた『ENTERTAINMENT!』と合わせて完成までに約3年を要したという本作には、パンデミック前に書かれた曲が収められているのだが、数年前には想像もできなかった混沌とした現在の世相にフィットした楽曲たちが並んでいるのには驚く。個を尊重するということ、どう“今”と向き合い“明日”を迎えるのかといった、世代問わず今を生きる人々の心に軽やかに、しかし深く語りかける言葉の数々が印象的だ。また、ライブを重ねる中で磨かれてきた小松シゲル(Dr)、高桑圭(Ba)、深沼元昭(Gt)、藤田顕(Gt)、渡辺シュンスケ(Key)らTHE COYOTE BANDと鳴らすサウンドも円熟の極みに達していて、バンドとしての充実ぶりも伝わってくる。

 今回リアルサウンドでは、聞き手に音楽ジャーナリストの宇野維正氏を迎え、佐野元春にインタビュー。デビュー40周年を越えてもなお新鮮な響きとアクチュアリティを持つ音楽家であり続けている、その理由に迫った。(編集部)

時代が曲に近づいてきたアルバム『今、何処』

――新作インタビューの多くは作品のリリース前に取材をすることが多いわけですが、このインタビューは『今、何処』が世に出た数日後に行っています。つまり、世の中のリアクションをふまえた話ができるわけですが、今回は「近年の最高傑作」「こういう作品を待っていた」という声がとても多く聞こえてきます。そうしたざわつきのようなものは、佐野さんにも伝わっていますよね?

佐野:はい、聞いてます。コアファンだけじゃなく初めて聴いたっていう人も多い。SNSにあがった『今、何処』の感想をまとめたサイト(※1)があって、それを見ました。みんな楽しんでくれているようでうれしかった。

――フィジカルのCDを手にして、そのインナースリーブでレコーディングの日付のクレジットを確認して自分が驚いたのは、『ENTERTAINMENT!』の収録曲と『今、何処』の収録曲のレコーディングが並行して行われていた事実でした。特に『今、何処』のリリックは、「コロナ以降」の現在の社会状況や政治状況と照らし合わせてもあまりにもビビッドで、とても数年前に書かれた曲とは思えませんでした。

佐野:そうだね。ほとんどの曲はパンデミックの前に書いた。逆に時代が曲に近づいてきたので驚いている。でもこれは今に始まったことじゃない。過去にも何度かあった。ソングライターっていうのはちょっと先に行ってそこで見てきた景色をスケッチして曲にするんだ。

――『今、何処』が思い出させてくれたのは、アルバムというアートフォームの持つ力でした。アルバムという括りはストリーミングサービスが主流になった現在も形式上は残っていますが、特に海外ではアーティストによっては再生回数を伸ばすために20曲以上入れたり、デラックスバージョンのようなかたちで後から曲を加えたりすることが当たり前になっています。でも、『今、何処』はプロローグとエピローグのインタールードを入れて14曲、48分。この曲数と曲順とトータルタイムじゃないと伝えられないものが、とても周到に込められていると感じました。

佐野:アルバムのトータルを48分にまとめたのは、後でアナログ盤を出そうと思ったから。知ってるとおりアナログ盤の場合、時間が長くなると内輪に行くほど音が悪くなる。ファンにいい音で楽しんでもらうならAB面でトータル50分ぐらいが理想だ。アナログ盤が出たらぜひ買ってほしい。

――「アルバム」だけでなく、現在は音楽を取り巻くいろいろなことの価値が揺らいでいます。今回は佐野さんからお声がけいただいて、初回限定ボックス盤に同梱される冊子に文章を寄せさせていただきましたが、たとえばそのような音楽におけるクリティックの役割も、雑誌メディアが瀕死の状況であるというだけでなく、そもそも世の中に求められているのかということを問い直さなくてはいけない局面なのではないかと。これは、自分自身に突きつけられている問題でもあるわけですが。

佐野:確かに、いま音楽に限らずどのジャンルでも“批評”が成り立ちにくい傾向にあるかもしれない。でも良い批評は良い作家を作る。その逆もある。まぁ、良い関係を築けない場合は喧嘩になってしまうこともあるけどね(笑)。批評を書く場所がないなら僕が提供してもいいと思っている。

――作り手が提供した場である以上、そこに集まった言葉は批判的なものになりにくいのではないかと言われたらどう答えますか?

佐野:それがしっかり“批評”の体裁をなしていれば誰も文句は言わないと思う。いずれにしても“批評”の持つポテンシャルは侮れない。だからその可能性を見捨てるわけにはいかないと思っている。

――ちなみにこれまで読んだ中でお薦めの音楽評論関連の本はありますか?

佐野:僕が薦める音楽評論関連の本は、『アウトロー・ブルース』ポール・ウィリアムス著、『ミステリー・トレイン』グリル・マーカス著、『ロックの時代』片岡義男 編・訳、『ローリングストーン・インタヴュー集1、2』。どれもロック文化が始まった70年代の頃の本、言ってみれば古典だ。参考になるかわからないけれど。

佐野元春にとっての“バンド”とは

――THE COYOTE BANDの原型が生まれたのは17年前で、佐野元春 & THE COYOTE BAND名義としては、『今、何処』が6枚目のアルバムになります。それだけの年月、アルバム制作を重ねてきたからこそ、現在のような最高のコンディションに到達することができたということでしょうか。

佐野:そうだと思う。THE COYOTE BANDはライブバンドだ。結成してから4年は、ライブハウスやクラブに出ることでバンドとしてのアイデンティティを探ってきた。転機は『BLOOD MOON』だった。このアルバムができたとき先が見えた。バンドはスタジオレコーディングで鍛えられるものではなく、ライブで鍛えられる。今回の『ENTERTAINMENT!』と『今、何処』は、その経験がいい形で生きていると思う。

――50代に入る直前に新しいバンドを組んで、そこからこれだけ長く同じバンドで活動を続けている。国内のアーティストを見渡しても、海外のロックミュージックの歴史を振り返っても、あまり前例がないキャリアですよね。でも、この道筋というのは佐野さんにとって必然だった?

佐野:必然だったと思う。自分にとって音楽は生活の一部、何か表現していくときバンドは欠かせない。80年代のTHE HEARTLAND、90年代のTHE HOBO KING BAND。ふりかえれば自分の活動はいつもバンドと共にあった。

――2015年に『BLOOD MOON』がリリースされた時、ずっと偏愛してきた過去の佐野元春の作品を塗り変える新たな傑作が生まれたと思って、自分はとても感動したんです。でも、今回の『今、何処』は、その時の感動を超えてきただけでなく、いろいろな人に聴かせたくて居ても立ってもいられなくなるような興奮を覚える作品で。60歳を超えてこうして次々に過去の最高を超えてくる、全キャリアの中でも五本どころか三本の指に入るようなアルバムを作ったアーティストなんて、それこそボブ・ディランやルー・リードやデヴィッド・ボウイくらいしか思いつかないのですが、佐野さんの場合、その一つの理由はやっぱりTHE COYOTE BANDの存在なんだろうなって。

佐野:そうだね。THE COYOTE BANDになってソングライティングが変わった。バンドのみんなもいい曲を書くし自分でも唄う。ただのプレーヤーではないんだ。だから僕の曲をよく理解してくれる。年齢は離れているけれど、いい音楽の価値を共有していて、何がクールで何がアウトなのかよくわかってる。一緒にやっていてそこが楽しい。スタジオでレコーディングしているときは年齢なんて関係ない。みんなでいいアイデアを出しあう。たまに新曲ができるとバンドのみんなに聞くんだ。「この曲どう?」って。すると時々「佐野元春らしくない」とか言われることがある(笑)。きっと自分よりTHE COYOTE BANDの方が「佐野元春」についてよく知っているんだと思う。

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