マハラージャン、音楽活動への覚悟滲ませたステージ ハマ•オカモトも登場したLINE CUBE SHIBUYAでの初ワンマン

 マハラージャンという奇矯なアーティストネームや、頭に巻かれたターバン。それがサラリーマンを完全に辞め退路を断ち、音楽活動に専念した彼の「キャッチーさを背負う」決意だったことを理解したライブだった。初ワンマンがLINE CUBE SHIBUYAなんてアーティスト、最近ではサブスク発の匿名的なアーティストか、ボーイズグループぐらいしか思い浮かばない。もし彼がシティボーイ風路線のシンガーソングライターだったら、これほどの飛躍は可能だっただろうか(いや、その路線で仕事や人間関係のリアルな苦悩を表現していたとしたら、それはそれで意表を突かれたかもしれないが)。

 マハラージャンのアイコン性が最大限に表された、三頭身シルエットが紗幕に浮かぶオープニングからして、「大いに笑ってください」と言わんばかりだ。なのだが、『007』ばりのハードボイルドなホーンが鳴り響く「正気じゃいられない」のイントロが被り、演奏が始まると、シリアスさとおかしみが7対3ぐらいの比率で押し寄せてくる。拡声器を通してアジテートするマハラージャンの印象もそんな感じだ。その佇まいはソロアーティストというよりビッグバンドのバンマス兼ホスト風で、ライブの見え方としても新鮮。ドレープを幾層にも重ねた背景がターバンの中=マハラージャンの頭の中をイメージさせる演出もまた新鮮だ。序盤は「踊れる?」と煽りつつ、少しのぎこちなさを漂わせていたものの、「僕のスピな人」で自然に起こったクラップでギアアップ。世の無常を匂わす冷や汗ものの「示談」の内容がイノセンスを含むマハラージャンの声質によって、よりヒリヒリしたものに聴こえることも再発見した。

 ファンは知るところではあるが、初ワンマンということも手伝って、自身のプロフィールを語る場面も。今日はこんなに人が集まってくれたが、最初は金のラジカセでトラックを流しながら弾き語りをしていたこと。「下北沢のライブハウスで10人とかを前にしてやってたんですが、その時見た人、もしかして来てたりしますか?」という問いかけに手が挙がり、拍手が起こる。さらに「僕、ハガキ職人やってまして」と、『星野源のオールナイトニッポン』へ送った曲がジングルに採用されたエピソードを話し、その楽曲「ねぇ、ねぶって」をバンドアレンジで披露する。緩めの16ビート、メロとラップを行き来するボーカル。星野が採用したのも納得できる仕上がりである。そうなのだ。メジャーデビュー1年とは言え、マハラージャンというアーティストのナラティブはリスナー各々の中に存在する。また、「権力ちょうだい」では小川翔(Gt)とともに切れ味のいいカッティングを聴かせ、ライブならではのソロも大いに映える。ギタリストとしても信用できる人なのだ。

 ダンスチューン連投で、「皆さん、疲れてませんか? 僕は疲れました」と、着座させる物言いも素に思えるところが自然と笑いを誘う。そしていたってフラットなテンションで「次の曲は初心に戻って、ミュージシャンやろうって思ったときの曲です」と、曲紹介して披露した「空ノムコウ」。〈「どうでもいいや」から/さよなら〉という決意が〈所詮世界は/最初から僕のものじゃない〉という冷静さと諦観に裏打ちされていたことが、弾き語りというライブアレンジでより伝わる。ユーモアを交えた不条理や自分にはないものを認める楽曲を生み出すマハラージャンの根本姿勢でもあるだろう。さらに「比べてもしょうがない」が皆川真人(Key)と竹上良成(Sax)だけのシンプルな伴奏によって、シニカルさがいい塩梅に抜けた素直なメッセージとして届く。聴かせるナンバーの締めは「eden」で、ロングトーンを歌いきった彼に大きな拍手が起こった。

 中盤のスロー/ミディアムは彼のキャラというより、パーソナリティに深くコミットできる重要なブロックとなり、そこから再びナンセンスな「鼻の奥に米がいる状態」、ガレージに振り切った「先に言って欲しかった」への跳躍がカタルシスを生む。続く「いうぞ」も音源よりポストパンク感が強く、ジャンルの幅を消化できるバンド、特に澤村一平(Dr)のドラミングが心強い。

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