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橋本裕太×ESME MORI、『1,300miles』対談 アジアデビューに向けた制作面での意識
2019年9月に中国・上海に拠点を移し、音楽活動を行ってきた橋本裕太がアジアデビューアルバム『1,300miles』をリリースした。先行シングル「Lover」「H.R.U」、さらに「Right Here」「Flames」「Miles」などを手がけたのは、音楽プロデューサーのESME MORI(エズミ・モリ)。トラップ、ハウスミュージックなどを自在に取り入れたトラック、中国語の響きを活かしたアレンジメントなどを含め、橋本の音楽制作に関わったことは、ESME自身にも新鮮な刺激になったようだ。
リアルサウンドでは、橋本裕太とESME MORIの対談を企画。アルバム『1,300miles』の制作を軸にしながら、中国の音楽シーンの特徴やアジア全域を見据えた活動ビジョンなどについて聞いた。(森朋之)
「Lover」がトンネルから抜け出せたきっかけの曲に
——橋本さんは2019年9月に中国に拠点を移しました。中国での活動を決めたのはどういう理由だったんでしょうか?
橋本裕太(以下、橋本):2019年の春前くらいに、初めて中国語で歌わせていただく機会があって。中国のドラマの主題歌だったんですが、日本語にはない音や発音があって、自分が思っていた以上に難しかったんです。それをきっかけに中国語に興味を持って、「これを習得できれば、自分の幅も広がるだろうな」と思い、同じ年の9月に上海の大学に留学しました。次の年に北京でオーディションを受けて、本格的に活動を始めたという流れですね。
——思い切った決断ですよね。
橋本:そうかもしれないですね。20代の中盤になって、新しいチャレンジをしたいという気持ちもあったし、「語学を学ぶことは音楽にも通じる」という感覚もあったんですよね。日本語と中国語では響かせる場所が違っているし、それを応用できれば、アーティストとしての強みになるんじゃないかなと。
——なるほど。ESMEさんは橋本さんのアジアデビューアルバム『1,300miles』のなかで、シングル「Lover」「H.R.U」を含む5曲の制作に関わっています。中国語をメインにした楽曲を手がける新鮮さもあったのでは?
ESME MORI(以下、ESME):そうですね。楽曲を作るにあたっては、中国やアジアで流行っているものを取り入れるというより、自分がいいと感じるものをやろうと思っていました。勉強のために中国で流行っている曲なども聴きましたけど、同じようなことをやっても1周遅れになる。それよりも橋本さんがカッコよくなれる音を作ったほうがいいなと。
橋本:僕もこっちに来てから勉強を続けていますが、中国で流行っている曲って、すごく幅が広いんですよ。ダンスミュージックもあれば、しっとりしたバラード、民族音楽を取り入れた楽曲なども聴かれていて、そのなかで「自分はどこにトライしていけばいいだろう?」と考えて。中国のみなさんに受け入れられるメロディラインや歌詞の書き方もあると思うし、少しずつ手探りで制作を進めていきました。そういう時期にESMEさんとご一緒できたのはすごく心強かったし、どんな曲ができるのか楽しみでしたね。
ESME:サウンドやメロディの方向もそうですけど、中国語のレコーディングもポイントでしたね。歌詞の意味というよりも言葉の響きでしか判断できないので、「この音をこういうふうに活かしたい」というディレクションが多くなって。橋本さんにお任せしてしまったところもあったんですけど、日本語とは違う言語で作っていくのは楽しかったし、刺激になりました。
橋本:譜割りもそうだし、「この響きを活かすと耳心地がいい」といったアドバイスもいただいて。レコーディング中もずっと歌い方を模索していました。
ESME:基本的にトラックを先に作っていたんですが、仮歌を乗せた後にブラッシュアップした部分もかなりあって。細かい音を詰め込んでもハマらないというか、音数を抑えることが多かった気がしますね。
——中国語オリジナル楽曲の第1弾は、バラードナンバー「World Without You」。まずバラードを持ってきたのはどうしてなんですか?
橋本:それまでの自分の楽曲のテイストや歌い方が、中国語のバラードでどれくらい通用するかを知りたかったんですよね。ゆったりしたバラードは日常的に耳にするし、中国の人たちに受け入れてもらいやすいんじゃないかとも思って。制作では、韻の踏み方も意識しました。中国のみなさんは音の響きを大事にしているし、しっかり韻を踏んでいる曲が多いんですよ。
——橋本さんとESMEさんのコラボによる最初の楽曲は「Lover」。トラップ系のトラックと美しいメロディが共存している楽曲ですが、ESMEさんとしてはどんなイメージがあったんですか?
ESME:最初の楽曲だったので探り探りではあったんですが、メロディを大切にしようとは思っていましたね。トラップをベースにしつつ、コード進行はメロウというか。楽曲を解体するとバラードに近いところもあるんですよ。言い方があまりよくないかもしれないけど、“くさい”コード進行を狙ったところもありますね。
——意図的にベタなコード構成とメロディを取り入れている?
ESME:そうですね。普段だったらもっとさりげなくやるだろうし、ここまでエモーショナルにはしないと思います。
橋本:初めてこのトラックを聴いたとき、純粋に「カッコいい。好きだな」と思って。こういうテイストの楽曲にトライするのも初めてだったし、すごくワクワクしました。作詞もさせていただいたんですが、さっき言った韻を意識したり、中国的な比喩も取り入れて。まだまだ拙い部分もあるんですが、中国のリスナーの方に「『Lover』がいちばん好きです」と言われることも多いし、中国における僕の印象につながってくる曲になりましたね。
ESME:「Lover」を作れたことで、「次はこういう曲はどうだろう?」とか「こんな感じの曲も試してみたい」といろんな方向性が浮かんできて。次の展開が見えやすくなったし、プロデューサーとしての欲も出てきたんですよね。
橋本:僕自身、その前は「どういう方向性がいいんだろう?」って迷っていたし、不安もあって。トンネルのなかにいるような気分だったんですが、この曲をきっかけに抜け出せた感覚がありました。ESMEさんには本当に感謝ですね。
——続く「H.R.U」は派手な展開が印象的なポップチューン。
ESME “アップテンポ”というテーマから始まった曲ですね。サビのインパクトを出すために音数をグッと抑えたり、ハウスっぽいビートを打ち出したり。MELRAWさんにホーンアレンジをお願いしたり、セクションごとにいろんな要素を詰め込んでいるんですよ。
——ハウスミュージックのテイストが入っているのは、現在のトレンドも意識しているのでは?
ESME:結果的にそうなったという感じですね。作ってるときはそこまで意識してなくて、出来上がったときに「このシンセ、懐かしさがあるな」って気づいて。
橋本:アレンジを何パターンも作っていただいて、「1曲のなかにこんなにいろんな展開があるの?!」というすごく楽しい曲になりましたね。
ESME:トラックはかなり攻めてるんですけど、全体的な印象としてはキャッチーに聴こえる。それは橋本さんの声によるところが大きいと思います。この曲を制作したことで、もっとゴリゴリの曲でもポップになるだろうなと感じましたね。
橋本:ありがとうございます。確かに“ポップ”は意識していたし、聴いていて楽しい曲にしたかったんですよね。この楽曲は僕が初めて中国のオーディション番組(中国最大級のオーディション番組 『青春有你(Youth With You)3』)に参加して、より多くの人に知っていただいた後にリリースしたんです。歌詞のテーマは“自己紹介”なんですけど、この曲を通して、さらに僕自身のことを印象づけたいという気持ちもあったんです。メロディラインや歌詞の言い回しが現地の人にとっては面白いみたいでーー僕の語学力の問題もあるんですけどーー「クセになる」と言ってもらえることもあって。みなさんに楽しんでもらえてるのは嬉しいですね。
——「H.R.U」のMVも話題になってますね。橋本さんが女装したり、いろんな格好をしていて。
橋本:日本もそうですけど、中国ではTikTokがすごく流行っていて。縦型の映像にして、“変身”や“瞬間移動”みたいなネタをふんだんに取り入れてます。自分でプロデュースして、中国の友達と一緒に振り付けを考えたり、みんなを巻き込みながら楽しめるMVになったと思います。