バーチャルねこ、周防パトラ、ワニのヤカ、バーチャルお寿司、ミディ……バーチャルシーンで活躍するトラックメイカー

ノリで集まった音楽系最強集団「蟹亀」

 バーチャル界で活躍する作曲者をまとめようとすれば、どうしてもそのうちの多くを占めることになってしまうのが、「Club Turtle」通称「蟹亀」だ。BOOGEY VOXXのデビューなどに助力したコンポーザー/シンガー 坂神蝉丸が仲間を集めたDiscordサーバーから始まったもので、自然と音楽をやっている人々が集まり、現在までに3枚のEPをリリースしている。曲を一人で完結させることができるアーティストが多く集まった蟹亀は、それだけ輝く作家性が集まっている。後半ではそこに所属するアーティストに絞って紹介していく。

チル&POPの夜をゆく黒猫 nyankobrq

 ワニのヤカでも触れたnyankobrqは蟹亀メンバーでもある。yacaとともにネットラップの祭典『World Wide Words 2019』に出場し、そこにsomuniaを加えた「twinkle night feat.somunia」でスマッシュヒットを飛ばした人物(猫物?)である。『HATSUNE MIKU Digital Stars 2021』公式テーマソング「sweety glitch」をgaburyuと共作した実績もある。また、gaburyu、yacaとともにユニット GenerationZにも所属している。

ウラノメトリア feat. nyankobrq, 春野もみじ & ヌコメソーセキ(Official Music Video)【#蟹亀 EP2 one's living】

 ともに活動するyacaと比較した時、nyankobrqのサウンドはストレートにポップだ。キラキラした電子音を現代的な音源のベースラインがふわりと受け止めるkawaiめの曲も多い。しかしそんな楽曲でもハッピーには振り切らず、むしろChillhopが芯を貫いている。「twinkle night」はそれが限りなく生かされたからこそ多くの心に響いたのだろう。

 現代音楽シーンを真芯に捉えて突き進むZ世代であるnyankobrq。彼の活躍はまだまだ加速が始まった段階だ。猫のごとく気まぐれにリアルとバーチャルを行き来する彼のことは、今のうちに把握しておかないと今にも夜空に飛び立ってしまうだろう。

「寂しくも爽やかな曲」を作って歌う者 隣町本舗

 隣町本舗は、蟹亀メンバーの一人でもあるシンガーソングライター。BOOGEY VOXX「Ghost City Club feat. 隣町本舗」や「エンドロール feat.アメノセイ」などの楽曲提供も多数行うクリエイターで、BOOGEY VOXX 2周忌記念ライブ『BLACK VOXX』への参加やMonsterZ MATE アンジョーとのカバー動画投稿など、他のクリエイターとの交流も盛んだ。代表曲「52Hzの鯨」はアンジョーやVESPERBELL ヨミなどにカバーされている。

隣町本舗 - 52Hzの鯨 (Lyric Video)

 淡くどこか遠い響きのパーカッションを持ち味としていて、「52Hzの鯨」のようにその上をギターやベースのバンドサウンドが通ることもあれば、「もし世界が終わるなら、僕らは選択する」では電子音が跳ねる。その確かにあるはずなのに遠いベースラインが浮遊感を演出している。「52Hzの鯨」はそうした部分に加えて、ギターの残響で演出した結果、隣町本舗の魅力を最大限に引き出したからこそ、代表曲となったのだろう。

 当初は楽曲提供者としての側面が目立っていた隣町本舗だったが、アーティスト同士の関わりの中でボーカリストとしての良さも明るみに出ている。それと同時に、寂しくも爽やかなだけではない、関わり合う中で得たエッセンスが曲にも変化を与えている。この先にも成長を感じさせるアーティストだ。

言葉と音のマシンガン IURA TOI(イ卜トイ)

 IURA TOIもまた作詞作曲トラックメイクを一人でこなすアーティスト。普段は身の回りの出来事をトーク動画にしたり、アザミと定期ラジオを行ったりと、幅広い活動をしている。提供楽曲も多く、BOOGEY VOXX「Bang!!」、今酒ハクノ「暗銀の盾」、魅紗「LOVE SICK DRIVE」など、そのアーティストの代表曲になっているものもある。

【オリジナル曲07】パライゾ / IURA TOI feat. esora uma

 彼の曲の多くは、重厚感の有る通奏的なベースの上空に必ず高音域のアクセントが飛んでいて、IURAの歌声のようなミドルボイスがそこにきれいにハマるような作りになっている。厚みと安定感のあるサウンドの上に、イメージ通りのものも、そこから一つ外した遊び心のあるものも歌声を好きなように乗せることができるのは、彼の手腕によるものだろう。

 「Flash Back City (feat. 紡音れい)」の制作時に「IURA感」と評されたシティポップテイストな四つ打ちが、主役級の曲にぴったりだからこそ、様々なアーティストに採用されているのかもしれない。余談だが、彼のオリジナル曲には夏をテーマにしたものが多い。今年の夏は新曲を楽しみにしながら過ごしたい。

ホラーとHIPHOPのハイブリッド 霊界ラジオ

 霊界ラジオは、悪霊の地獄川震(じごくがわぶるー)、霊媒師の朧家ブランコ(おぼろげぶらんこ)、概念のKYOTOU O-EⒶST SHIBUYⒶ(きょとうおーいーすとしぶや)の、ホラーとHIPHOPを愛する者たちが集ったトリオだ。オリジナル楽曲を作りつつ、雑談ラジオ配信とホラー動画を投稿するという、3つの軸を持って活動しており、全員が蟹亀に所属している。

The Mansion / 霊界ラジオ

 トラックを作っているのは朧家とKYOTOU。朧家の楽曲は、トラップの要素を継承しながらもそこにLo-fiを混ぜ込んだようなサウンドをしており、特有の不協和音がチルな落ち着きと冷えた目線と重なり合うことで、見事に音楽の中にジャパニーズホラーを体現している。KYOTOUはギタリストでもあり、「Humpty Dumpty」のようなギターサウンドの上にラップを成立させた曲作りを大きな特徴としている一方、「なんてこったい ~Play That Funky Remix~」や「Road Mirage feat. 潮成実」のように幅のあるサウンドメイクが可能な概念だ。

 韻やリズムを重視しすぎず、より源流に近い特徴を色濃く残した霊界ラジオクルーのリリックは、硬いライムでキメがちなネットラップの中にあって一層輝きを放つ。特に豊富な読書経験から繰り出されるKYOTOUのそれは、他にはない文学的な響きを宿す。それを声優 中田譲治や速水奨に届くほどのド低音フロウの地獄川が乗りこなす姿は、まるで暴れる怪異を調服し使役するようにも見える。今のうちに登録して“古参”を名乗ることを強くおすすめする。

 ここまで紹介してきたように、相互への楽曲提供やコラボがメジャーシーンでは考えられないほどにフレキシブルなのもインターネット発音楽カルチャーの特徴だ。誰か一人を気に入って、その人を追うだけでもその広がりを感じることができる。自分の“好き”だけを見ていたつもりが、新しい“好き”がいつの間にか増えている、そんな喜びを感じることができるのだ。これを読む人の最初の一人を探すきっかけになることができたのならば幸いだ。

※1:https://realsound.jp/2022/02/post-966446.html
※2:https://realsound.jp/2022/04/post-1000884.html

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