米津玄師「M八七」はヒーローソングの新たなスタンダードに? 『シン・ウルトラマン』主題歌としての意義を考察

 もう1つ触れておきたいのは、「M八七」というタイトルが意味するもの。米津のアイデアに、企画・脚本を務める庵野秀明のリクエストが加わってつけられたそうだが(※1)、緻密なこだわりが詰まった『シン・ウルトラマン』だからこそ、主題歌のタイトルも映画本編と大きな関係があるに違いない。

 ウルトラマンといえば「M78星雲にある光の国からやってきた戦士」という認識が一般的だし正しいのだが、原作の草案段階では「M87星雲」という設定だったと言われている。それが誤植で印刷された脚本のまま進んでしまい、「M78星雲」になったというのが関係者による通説(※2)。今回の「M八七」というタイトルを見る限り、そういった原作の初期プロットまでさかのぼって映画が制作されたのではないか、という推理もできそうだ。あるいはM87光線という必殺技を持つ、ウルトラ兄弟の長男であり宇宙警備隊・隊長のゾフィーが物語のキーマンなのではないか、という予測も(「そんなに人間が好きになったのか、ウルトラマン」というゾフィーらしき台詞がポスターに書かれていた時点で、すでに可能性は高まっていたのだが/※3)。こうなってくると、映画の内容と同じくらい主題歌にも期待せずにはいられない。さらに、米津玄師の歩みと重ね合わせるならば、ボカロP・ハチとして活動していたこと、「かいじゅうのマーチ」や『かいじゅうずかん』など怪獣と関わりのある作品を生み出してきたことが、「M八七」という楽曲にどう影響しているのか。あくまで想像の範疇を出ないが、密かに注目しておきたいポイントだ。

米津玄師「かいじゅうのマーチ」

 上述したように、『シン・ウルトラマン』が本当に初期草案設定のウルトラマンを踏襲しているならば、「シン」が意味するのは「新」だけでなく、「真」でもあるということになる。ウルトラマンという往年のヒーローを解体・再構築し、全く新しい映像体験を生み出すという意味では、令和の娯楽映画としてこれほど面白いものはないだろう。そして米津玄師も、同じことを現行のポップミュージック・シーンで成し遂げていることを忘れてはならない。クラシカルなメロディをベースにしつつ、リズミカルな歌唱や実験的なアレンジ、現代音楽的な意匠を凝らした楽曲に「POP SONG」というタイトルをつけ、シニカルな笑みとともに放てるアーティストは今、日本で米津玄師を置いて他にはいない。

 かたや「シン」なるヒーローの在り方を、かたや「シン」なるポップミュージックの在り方を追求しているという点では、『シン・ウルトラマン』と米津玄師はこの上なくベストマッチな組み合わせだと言えるかもしれない。そのケミストリーをぜひ劇場で体感しよう。

米津玄師 - POP SONG

※1:https://reissuerecords.net/2022/04/22/m87/
※2:https://www.asahi.com/articles/ASM474CF0M47ULBJ004.html
※3:https://twitter.com/tsuburayaprod/status/1354866865147764737?s=20

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