宇多田ヒカル『BADモード』の風通しの良さ 転回とも取れるクリエイティブ面での変化

『BADモード』全体に感じる風通しの良さ

 特定のテクスチャがどうこうというよりも、こうしたテクスチャの前景化自体が、言葉やメロディによって分節され語られる物語を相対化し、風通しの良さを『BADモード』全体に与えているように思う。テクスチャはなにかを伝える役割を確かに担い、リスナーを楽曲へと巻き込んでいく一方で、解釈という行為が通用しにくいある種の余白としても機能する。

 興味深いのは、そうしたテクスチャのなかで宇多田ヒカルが刻むリズムが、やはりごつごつとしてなにか異物感を持っていることだ。ある種の誘いとして開かれたテクスチャがあるとすれば、共約できない謎めいた個のスタイルとしてリズムがある。リズムもまたテクスチャに似て、物語ではなく雰囲気への作用を強く持つ要素だが、『BADモード』においてその効果は対照的だ。

 改めて、印象的なアートワークに目を向けてみる。これまでの、ソリッドな背景のクローズアップ~バストアップのポートレイトを配したアートワークと対照的に映し出されているのは、壁に身を預けた宇多田ヒカル自身の(ほぼ)全身と、走り抜ける子供らしき後ろ姿。光の差し込む手前から薄暗い廊下を抜けて、半開きになった奥のドアからは向こう側の部屋の様子(と、さらにその奥の窓)がぼんやりと見える。このアートワークに収められた繊細な陰影を湛えた空間と光は、なにかを意味すると言うよりも、そのニュアンスそのものにこそ意義がある。腕をゆるやかに組み、リラックスした姿勢をとりながら目線だけは真っ直ぐにこちらを見つめ返す宇多田ヒカルの存在感まで含めて、それは『BADモード』の音楽性とよく似ているように思う。

(※1、2)https://open.spotify.com/playlist/37i9dQZF1DX37P9kZFBGgQ

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