the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第11回 知られざる『quake and brook』レコーディング裏話&全曲解説も

バンアパ木暮『quake and brook』レコーディング裏話

The BeatnutsやNice & Smoothが放っていた特別な輝き

 ここまで書いてきたような、一般的なやり方とは一線を画した我々のレコーディング期間中に、癒しを求めてよく聴いていたのがThe Beatnuts「No Escapin’ This」。

 僕の場合、好きになった曲があると、大抵は歌詞を調べてその世界観を自分なりに解釈していくことが多い。タイトルと聴いていたタイミングを考えればジョークのような話だけど、この曲に関してはそういった意味性を全く抜きにして聴いていたので、普通に聞き取れる箇所以外はいまだに歌詞をろくに知らない。

The Beatnuts - No Escapin' This

 Enoch Light 「A Little Fugue for You and Me」からサンプリングされた女性コーラスのリフレインからの決め台詞〈No one’s ready to deal with us〉の流れに身を委ねているだけで頭が空っぽになったものである。

 原曲では「誰も私たちに手を出せない」程度の意味合いだと思われる上記の台詞が、ストリートの匂いに溢れたラップのあとに配置された途端、「誰も俺たちをヤれねえ」に聴こえてくるのも面白い。彼らの曲は僕にとって1980年代後半〜90年代初頭の大味なアクション・エンターテインメント映画のようなもので、例えば他にも「Watch Out Now」の絶妙なフルート・ループの後ろで〈Get money, get money!〉と呟かれただけで、「ああ、これこれ」と、即座に脳が癒し物質で満たされていく。彼らの面構えや佇まい含め全てがセラピーのようなものだ。そういう意味ではラーメン二郎と少し似ている。

 大好きなNice & Smoothからグレッグ・ナイスを招いた「Turn It Out (feat.Greg Nice)」も名曲なので聴いてみて欲しい。タイトなビートとホーンのサンプルの隙間を無邪気に駆け回る謎のパーカッションを聴くためだけでも、検索する価値はあると思う。

The Beatnuts「Turn It Out (feat.Greg Nice)」

 名前が出たので思い出したが、Nice & Smooth『Ain’t a Damn Thing Changed』収録の「Cake and Eat It Too」もこの時期よく聴いていた。正確に言えばこの時期に限らず、現在に至るまで年に何回か聴いているオールタイムベストのひとつである。

 〈You can’t have your cake and eat it too〉とは、「ケーキを持つことと食べることは両立しない」、転じて、「美味しいケーキはずっと取っておきたいけど食べたらもちろんなくなっちゃうよね」……つまり、2つの想いを同時に抱えてはいられないという意味になる英語の慣用句。サンプリングされたピアノの音やノスタルジックな電子音、その上に乗る味わい深い歌声は〈Between me and him you've got to choose(アイツと俺、君はどちらかを選ばなきゃ)〉なんて歌っている。

Nice & Smooth「Cake and Eat It Too」

 ピッチ修正をはじめとしたあらゆるエディット、ミキシングのデジタル技術革命は素晴らしい進化とともに音楽制作の可能性を広げたが、同時にクリーンな音質やグリッドに忠実な演奏といった、ある種の画一性ももたらした。その前夜に生まれたこの曲は、その時にしかできなかった組み合わせの音要素、良い意味で粗い音質や構造を含め、僕にとっては唯一無二の価値を持った素敵な曲の一つだ。

 “その時にしかできなかった”という意味では、僕たちの昔のアルバムも同じなのかもしれない。

木暮栄一による『quake and brook』全曲解説

「coral reef」

 アルバム中、原がもっとも長い時間をかけて取り組んでいた。オリエンタルなギターフレーズが多かったからかは分からないが、「中華」という雑な仮タイトルが付けられていたのを覚えている。この時期からしばらくライブでの演奏頻度が高かったせいか、近年はセットリストに入れようとするとメンバーの目が死にがちな曲。

「my world」

 Mock Orangeの変拍子から影響を受けていた(たぶん)荒井が原型を作った曲。Aメロにその影が見えるけど、音の組み合わせは彼らしい瑞々しさに溢れていると思う。Mock Orangeのメンバーも気に入ってくれたようで、ベースのザック・グレースが打ち上げの居酒屋で酔っ払ってはサビを歌っていた。

「from resonance」

 これも荒井のアイデアをもとに原とアレンジを加えた曲で、当初は2回目のサビのあとのCメロ部分がサビになっていた。なかなかまとまらずに何度も構成を作り直した記憶。冒頭のドラムパターンはアメリカの<Dischord Records>所属のバンドの曲から拝借したんだけど名前を忘れてしまった……。当時の社長がドヤ顔で勝手に発注したMVのダサさに一同驚愕したのも覚えている。

「M.I.Y.A.」

 荒井とセッションしながら構成を作って、そこに原と川崎がアレンジを加えたもの。5拍子なのはやはりMock Orangeの影響が色濃い。対比的にメロウなコーラスパートは、荒井がたまたま弾いたコードをヒントに「こんな風にしたらどう?」とOutkast(か、もしくはアンドレ・3000)の曲を聴かせてイメージを共有したような気がする。タイトルは素面と泥酔時のテンションが天と地だった当時のスタッフと曲調を重ねて付けた。

「night light」

  当時、某アナログレコード専門店で働いていた友人がいて、彼は英語で歌う日本のインディーズバンドを敬遠しがちなタイプだったんだけど、この曲にだけは珍しく反応してきて驚いた記憶がある。歌詞のネタに困りながら入った江古田の日芸生御用達の喫茶店(もうなくなってしまった)に置いてあった童話集を見て、そうか、そういう路線で書いてみようと思いついた。

「forget me nots」

 本文にも書いた通り、当初のイメージから大分変わった仕上がりになった。いつか客観的に聴けるかもしれないし、悪くない箇所もあるけど、全体的に漂う過剰な感傷がまだまだ気恥ずかしい。アウトロは良いと思う。

「violent penetration」

 当時のメディアの中心だったテレビや雑誌の広告を皮肉ったタイトルは、なかなかパンチが利いているなと思う。キャッチーな楽曲に同居しがちな大味さや予定調和のようなものを回避しつつ、音楽としてしっかりユニークにしたい、という原の試行錯誤が生んだ一つの結果。しかし、他のメンバーの曲だったらある程度客観的になれるものですね。

「higher」

 「Eric.W」と並んでライブでの演奏頻度が高い曲。楽曲の認知度はともかく、ドラムで始まる導入と次曲への繋ぎとして、コードアレンジしやすいアウトロの構造がその理由でもある。ちなみに「coral reef」と違い、この曲の場合、セットリストに入れてもメンバー誰一人として何の反応も示さない。飲食店に入って水が出てくるようなものである。

「quake and brook」

 それまでになかった曲調。先日の新木場 USEN STUDIO COASTのライブで久しぶりに演奏したが、長い年月をかけてようやくこの曲に技術が追いついた感があった。とは言え、本文最後にも書いたように、ここに残された、この時にしかできなかった演奏にもやはり大きな価値があるのだろう。ライブ演奏にあたって久々に聴いた感想は「速い」の2文字。

「real man’s back」

 荒井と、割とふざけながらセッションして原型ができた曲。アレンジ、歌詞に関しても「こういうのウケるよね」の連続で作っていったのだが、そうしたユーモアや遊び心が、楽曲のフックを形作る大きなポイントなのではないか、と最近よく思っております。アメリカ人の友達受けが良い曲の一つでもある。

ASIAN GOTHIC LABEL official web site:https://asiangothic.net/
木暮ドーナツ Twitter(@eiichi_kogrey)

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「連載」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる