矢野顕子、極上の演奏で響かせた普遍的なメッセージ 名曲に新たな彩りが加わった『さとがえるコンサート2021』
80年代のヒット曲「春咲小紅」を裏打ちのリズムを交えたアレンジで演奏し、ライブは後半へ。「遠い星、光の旅。」「魚肉ソーセージと人」「Nothing In Tow」と再びアルバム『音楽はおくりもの』の楽曲を続ける。圧巻は「津軽海峡・冬景色」。民謡、演歌、ジャズ、フュージョン、フォーク、ロックなどが自然と絡み合い、卓越したテクニックと奔放なアレンジとともに生み出されるサウンドは、“矢野顕子の音楽”としか言いようがない独創性に溢れていた。今やライブの定番となったこの曲もまた、アルバム『音楽はおくりもの』の軸を担う楽曲だと思う。
本編ラストは「ひとつだけ」。イントロが始まった瞬間、会場がどよめくほどの代表曲だが、〈離れている時でも わたしのこと/忘れないでいてほしいの〉というリリックを聴くと、会いたい人にも会えなかったこの2年間のことを思い出さずにはいられない。もともと「ひとつだけ」は1979年にアグネス・チャンに提供され、その後、矢野がセルフカバーし、アルバム『ごはんができたよ』に収録された楽曲。忌野清志郎とのデュエットで2002年の『FUJI ROCK FESTIVAL』で歌われるなど、数多くのエピソードを持つ楽曲だが、この日のライブでも「ラーメンたべたい」「春咲小紅」「ごはんができたよ」と同じく、新鮮な感情を与えてくれた。時代の変化、聴き手の状況によって常に新しい思いに導いてくれる。つまりそれが、普遍的な楽曲ということだろう。
アンコールの1曲目はアルバムのタイトルトラック「音楽はおくりもの」。レコーディングにゲストボーカルとして参加したMISIA(きっかけは矢野が「音楽はおくりもの」の歌入れに苦労し、“いっそMISIAに歌ってもらえないだろうかと電話するところだった”とツイートしたこと/※1)がサプライズで登場し、まさに“おくりもの”と称すべき奥深いハーモニーを響かせた。最後はこれもまた代表曲の一つ「ごはんができたよ」。朗らかな雰囲気のなか、ライブは終了。ステージに並んで挨拶したメンバーの満足そうな笑顔も心に残った。
幅広いルーツミュージックを血肉化し、卓越したテクニックと自由な発想によって、“今、ここでしか味わえない”という感覚と“この演奏を聴いたこと、ずっと覚えているだろうな”という確信を同時に感じられる、至福の音楽体験だった。
※1:https://realsound.jp/2021/07/post-821643.html