AA=、冬の時代に音楽で示した確固たる信念 閉塞感に立ち向かう9篇の物語を紐解く
音楽は手段なのか、目的なのか。上田剛士という音楽家にとっては、どちらでもあるように思う。『story of Suite #19』と銘打たれたAA=のニューアルバムを聴きながら、改めてそんなことを考えさせられた。
この作品は3月に限定リリースされた映像作品『DISTORT YOUR HOME』(2020年10月に開催されたAA=にとって初の配信ライブの模様を収録)に同梱のシングルに収録されていた10分超の組曲「Suite #19」の発展形というべき成り立ちのもの。同楽曲を通じて投げ掛けられていた疑問の背景にあるものや、さらにそこから生まれた新たな疑念、葛藤といったものが、聴いているだけで脳内に映像が浮かんでくるかのようなシネマティックな音像とともに、まさに『story of Suite #19』、すなわち「suite#19の物語」という表題が示している通り、物語的な展開をもって綴られていく。
例えばアルバムの作品像を想像させるようなシングルを先行リリースする、というケースはごく普通にあるはずだが、今回のような作品発表の流れが上田自身のなかで計画的なものだったのか否かはわからない。が、おそらくは「Suite #19」の誕生により彼の中に呼び起された感情が、ひとつの組曲というサイズには収まりきらなかったからこそ、改めてそれを基にアルバムという単位で構築することを考えたのではないかと筆者は想像する。いわば自ら創造したものが自身の想像力を掻き立て、さらなる創造に繋がったということなのだろう、と。表現や伝達、意思表示の手段として音楽を用いている彼にとって、そうした連鎖により音楽を生み続けていくことは目的でもあるはずだ。
同時に興味深いのは、この『story of Suite #19』が、通常の新譜のように店頭に並ぶこともなければ配信リリースの予定もなく、完全生産限定オンライン販売という特殊な形で登場するという事実だ。これまた筆者の完全な憶測にすぎないが、上田はこの作品が「時が来れば要らなくなるもの」になることを少なからず望んでいるのではないだろうか。アーティストたるもの、自ら産み落とした作品が少しでも長い生命を持つことを願うのが当然ではあるし、上田自身にとってもそれは基本的には同じであるはずだ。が、この作品に封じ込められている感情、彼を今回の制作へと駆り立てた動機というのは、彼自身が「今だけのものであって欲しい」と願っているものなのではないだろうか。つまり彼が望んでいるのは、この物語を通じて表現されていることを「ずっと伝え続けていくこと」ではなく、「それを言わずに済む世界になること」なのではないかと思えるのだ。ただし、もちろん表現者としてはリアルタイムな感情を形にしたいし、2021年の記録として残しておきたい。だからこそいつまでも店頭に並び続けるような形ではなく、こうした限定的な形でのリリースに踏み切ったのではないだろうか。
この物語は9つのチャプターから成立していて、その幕開けとなる「Chapter 1_冬の到来」は〈また、冬がやってくる〉という言葉から始まる。そして最終章にあたる「Chapter 9_SPRING HAS COME、取っ手のない扉が見る夢、またはその逆の世界」では、季節が変わりつつあることが描かれていて〈少しづつ日々を取り戻していくんだ〉というパンデミックが収束傾向にある現状を連想させずにおかない言葉も出てくる。アルバム全体を通じて雪が降り続けているかのような感触があり、白く見えるがゆえに明るい色調ではあるものの太陽の出ていないその風景は、やはりどこか薄暗く、冷たく、閉ざされたものに感じられる。ただ、閉塞感からの脱出を闇雲に求めているのではなく、信じることのできない世界で過ごさなければならないのであれば、むしろ自ら壁を作ってそこに閉じこもり、世界に変化の兆しがうかがえるようになるまで自分たちの信じるものだけを頼りに生きていくしかないのではないか、と示唆しているようにも感じられる。