韓国のユーストレンド、“ニュートロ”最新事情を読み解く 様々な文化圏のレトロな感性が根底に
米ビルボードチャートへの参入や、洋楽のトレンドをいち早く取り入れるイメージのあるK-POPだが、K-POPにとどまらず韓国内で2019年をピークに長く続いているユーストレンドのひとつとして「ニュートロ」が存在する。ニュートロとは、「ニュー」と「レトロ」を掛け合わせた造語であり、従来のレトロと違う点は「昔のものを今の感覚で再解釈する」「現実にはその過去を経験していない層が懐かしむ」という、ユートピア的なものである点だ。
「シティポップ的なもの」を内包するニュートロ
2016年ごろインターネット上に現れたヴェイパーウェイヴは、1980~90年代のコマーシャルミュージックをビジュアルと共にミクスチャーしたものだが、この流行において多く素材として使われ、欧米圏を中心に広がったのが竹内まりや「プラスティック・ラブ」、松原みき「真夜中のドア~Stay With Me」などを始めとする、いわゆるシティポップである。これにより欧米圏で新しく発見されたシティポップを始めとする80~90年代のJ-POPから間接的に影響を受けたような、ドージャ・キャット「Say So」やデュア・リパ「Levitating」などが生まれたと言える。シティポップは70~80年代に流行した洋楽(特にフュージョンやAORといったジャンル)を日本的に解釈したジャンルであるため、現代の曲作りにシティポップ的なムードを取り入れることは、自然と欧米圏におけるレトロ・ミュージックジャンルを取り入れることにもなるだろう。
欧米圏の音楽トレンドを率先して取り入れるという印象があるため、K-POPでのニュートロ的な楽曲はこのような欧米圏での流行から派生したと解釈される場合もあるが、K-POPを含む韓国の大衆音楽は元々1970年代から日本の音楽の影響を受けてきたことを踏まえると、単純に「欧米からの世界的なニュートロトレンド」の文脈上だけで語るべきことではないかもしれない。フューチャー・ファンクのDJとしてシティポップや昭和歌謡のサンプリングで知られる韓国のアーティスト Night Tempoも「彼ら(欧米圏の人々)にとってCity Popは、別の文化で生まれた『まったく新しい音楽』に聴こえるそうなんです。(中略)韓国で暮らしていると日本のカルチャーの影響を受けるので、日本人が感じるのと同じように、韓国人もCity Popにはレトロな印象を抱くんです」と語っていた。(※1)
実際、80年代~90年代の韓国ポップスには「紫色の香り」(スージー・カン)のようなシティポップ的な大衆ヒットソングも存在してきた。近年、「シティポップ的なK-POPソング」として名前があがることの多いTOMORROW X TOGETHER「Fairy of Shampoo(シャンプーの妖精)」は、韓国で90’sレトロブームを起こしたTVドラマ『応答せよ1994』(2013年/韓国tvN)に挿入歌として使用されて広く知られた90年代のバンド「光と塩(light and salt)」の楽曲のリメイクで、韓国大衆音楽の歴史や文化を踏まえたニュートロソングと言える。一方、レトロジャンルを取り入れたニュートロ的な楽曲としてあげられることが多いものの、実際は欧米の作曲家が制作した英語曲であるBTS「Dynamite」は、欧米圏でのレトロムードを反映しており、「K-POP」というよりは「韓国のポップスターが歌うポップソング」で、2つの曲の背景にある「レトロ文脈」は根本的には異なるものと言えるだろう。
韓国で「シティポップ」を最も大衆的なポップスの形で提示したYUKIKA「NEON」のMVは、現代の若者が当時のレコードをかけると1989年のステージで歌うYUKIKAの姿が現れ、やがて現代で彼女と出会う場面で幕を閉じる。昔のTVで使われていた4:3と現代で一般的な16:9の画面比率を切り替えることで現代の韓国と当時の日本のイメージをミックスさせながらも同時に存在させることに成功しており、自然なカルチャーの融合をみせている。
今のK-POPシーンを含む若者向け音楽の制作現場は、90年代末期の日本文化の開放以降に青春を過ごした世代が中心になってきている。つまり、かつての日本の影響を受けた楽曲や文化に触れて幼少期を過ごした世代のクリエイターたちによって作られ始めている背景があるため、欧米のトレンドの影響を受けずとも、韓国の大衆音楽のレトロ文脈と今に続く歴史自体に「シティポップ的なもの」はすでに内包されているとも考えられるのではないだろうか。前述した日本人シンガー、YUKIKAは今年、逆輸入のような形で日本でもオリジナル楽曲「Tokyo Lights」をリリースしたが、欧米圏/韓国から見たシティポップやレトロとはまた少し異なる、J-POPのニュートロ的な感性の仕上がりになっている。