上田麗奈、斉藤朱夏、harmoe……終わりゆく夏に聴きたい、大胆かつ繊細な女性声優の新作群
2021年の夏も終わりを迎えつつあり、秋に向けて気温が徐々に下がっていく時期へと差し掛かってきた。折に触れて女性声優の作品群を詳らかに記すタイミングをいただいている筆者だが、ここ数カ月の間でも豊崎愛生・工藤晴香・鬼頭明里らの楽曲や作品について書いてきたが、様々な狙いや気持ちを込めた大胆かつ繊細な作品が数多くリリースされてきたと思う。彼女らに続き、今回は上田麗奈、斉藤朱夏、harmoeにスポットを当てていきたい。
前作『Empathy』から1年5カ月ぶり、今年3月には初のソロライブも成功させた上田麗奈がニューアルバム『Nebula』をリリースした。
広川恵一(MONACA)、ChouCho、TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND、コトリンゴ、rionos、オルタナティブロックバンド siraphとして活動を共にしているAnnabel・照井順政・蓮尾理之の3名ら豪華な作曲陣が揃った今作。上田曰く「私は夏が苦手なので、“苦手”や“拒絶”から、それらに対して自分はどういう経験をしたかなと考えて」(※1)、というコンセプトで制作されたという。
アルバムは前作『Empathy』と同じくリズムはゆったりとしたムードではあるが、落ち着いている・クールという域を越え、どこかシリアスな内省的世界観が広がっていく。
ピアノと弦楽器による響きやうねりのなかに、上田の声がまっすぐに貫いていく「うつくしいひと」から始まる。この1曲目でもかなりディープなムードの気配が漂うが、ChouChoと村山☆潤による不協和音とノイズ気味な電子音に包まれた「白昼夢」からより深みへと落ちていく。
3〜4曲目にはTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDが手掛けた「Poème en prose」と「scapesheep」が続く。電子音楽〜エレクトロニカ〜現代音楽が混ざり合った前衛性と、彼らの代名詞とも言えるテクノポップのテクチャー、それぞれ存分に活かした2曲は、彼らの前衛性とポップ性がどちらもうまく打ち出された2曲だと言えよう。
ワルツ調のリズムに管楽器が絡みあったバロックポップナンバー「アリアドネ」は、〈子供騙しのマスカレイド その場しのぎの影絵のよう 見上げれば糸で吊られた 哀れマリオネットよ」という歌詞とのミスマッチも相まって、心苦しさや行き場のなさから生まれる切羽詰まった情感を歌声に乗せる。
これまでの上田の歌声では聞けなかった、ヒビ割れた声色・感触は、痛々しいまでの悲痛さを訴える。かと思えば次曲「デスコロール」では感情を失ったかのように弱々しい歌声で始まったりと、アルバム前半部のみでも上田がこれまで魅せてこなかったダウナーなボーカル表現を味わうことができる。
そしてsiraphが参加した「anemone」「わたしのままで」と、コトリンゴが提供した「wall」にて、怒りや悲しみを癒しながらアルバムは幕を閉じる。2016年12月21日にデビューミニアルバム『RefRain』を発表した上田は、今年ソロ活動5年目の節目を迎える。上田の感性・表現力が大きく発揮された一作であり、ソロ活動の充実ぶりがハッキリと伝わってくる1枚だ。
斉藤朱夏は1stアルバム『パッチワーク』をリリース。近年の活躍を思えば「まだアルバムを発売していなかったのか!」と驚く人も多かったかもしれない。
「過去があって、今があって、これからまた継ぎはぎされていく未来があって。いろいろな感情と出会って、いろいろな人と出会って、ここまで走り続けてこられたんだなっていう意味をこめました」(『声優グランプリ』2021年9月号より)
斉藤はアルバム制作のなかで「人間臭い作品にしたい」と口にしてきたという。斉藤の全作品にプロデューサーとして参加してきたハヤシケイ(LIVE LAB.)と共にこれまでの2年間を振り返りながら、「斉藤朱夏にとってリアルなもの」を表現しようと臨んだ作品だそうだ。
バンドサウンドとストリングスを用いたJ-POPらしい楽曲を主にしつつ、「ぴぴぴ」では管楽器のスカミュージック、「あめあめ ふらるら」はフルート・グロッケン・フィドルといったアイリッシュミュージック〜ブルーグラスらしい質感、「またあした」はエレクトロなサウンドを活かしたダンスチューン、「よく笑う理由」「ヒーローになりたかった-Acoustic Ver.-」ではアコースティックギターでフォーキーにと、様々なタイプの楽曲が持ち寄られている。
そんな様々なタイプの楽曲を歌い「継ぎはぎで生みだされた私」という表現は、『パッチワーク』というタイトルからも感じ取ることができる。斉藤がハヤシケイと歌詞を共作した「ワンピース」「よく笑う理由」には、、ウソをつくのが上手くなっていく自分にイヤになりながら、ボロボロになっても生き抜こうとする主人公が描かれている。
そこには斉藤の姿ではなく、リスナー自身の姿がおぼろげながらも見えてくるだろう。本作が放つのは、決して華やかな姿ではない、人間くさくてポジティブなメッセージ。斉藤の真っすぐで明るい歌声と共に、聴き手の胸を震わせる1stアルバムだ。