『On weekdays』インタビュー
the engy、今を生きることから生まれるオリジナリティ アルバムに落とし込まれた“山路洸至の普遍的なテーマ”とは?
京都で結成された4人組バンド、the engyによるメジャー1stフルアルバムが完成した。タイトルは『On weekdays』。その名の通り、ある平日の24時間を2人の主人公の心情を軸に切り取ったコンセプチュアルなアルバムだ。朝から始まり、昼、夕方、そして夜から深夜を迎えて、また新たな朝へーーそんな時間の流れを追うように展開するストーリーもさることながら、サウンド面でも、あるいは歌詞の面でも、これまでの作品からグッとブラッシュアップされたクオリティが印象的な1枚である。
メジャーデビュー1年目の大半をコロナ禍の制限の中で過ごし、楽曲制作でも新たなチャレンジを重ねてきた彼らは何を感じたのか。バンドの中心人物である山路洸至(Vo/Gt/Prog)に語ってもらった。(小川智宏)
「自分と向き合って深い曲になっていった」
ーー2019年10月に『Talking about a Talk』でメジャーデビューを果たしたと思ったら、2020年はコロナ禍に直面して。これからというときに大変だったと思います。
山路洸至(以下、山路):そうですね……たくさんライブが決まっていて、フェスにも出る予定だったんですけど、それが全部飛んでしまって、一時期ものすごく落ち込みました。でもやれることをやらなきゃと思って、それからは今までバンド活動をしてきた中で一番必死にやったような感じでしたね。もう曲作りしかやることがなかったので、家の屋根裏部屋をスタジオみたいに改装して機材を持ち込んで、こもりっきりみたいな感じで。去年の途中からようやくちゃんとレコーディングできそうな感じになったので、奈良にあるおばあちゃんの家にスタジオを作ってレコーディングしたりしていました。
ーーライブがない中で作っていくと、曲も変わってきました?
山路:そうですね。やっぱり気がつくと内向的というか、深く深く掘り下げようという方向に行ってたと思います。
ーー今回のアルバム、サウンドプロダクションがブラッシュアップされているなと感じて。そういう環境面が影響して変化が生まれたところもありますか?
山路:基本的に僕がトラックを作っているんですけど、去年までやったらアイデアみたいなものだけ出して、音は自分たちで用意しつつも組み立てはエンジニアさんっていう感じだったんです。でも、それを自分でしなきゃいけなくなって、去年からDTMを本気でやり始めたら「こんなこともできんのや」っていう発見がいっぱいあったんですよね。面白いなと思ってどんどん掘り下げていくうちに、自分と向き合ってもっと深い曲になっていった感じがします。
ーーもともとそんなにDTMはやっていなかったんですか。
山路:僕って結構、機械音痴なんですよ(笑)。興味あることは掘り下げるんですけど、興味ないとできないんですよね。今まではDTMに興味が向かなくて、「どうせ組み立ててもらえるし」と思っていたんですけど、やらなきゃいけないと思ったらどんどん興味が湧いてきて、そこからアイデアも出てきましたね。
ーー空間的な音の鳴り方とか、めちゃくちゃこだわったんだろうなと思いました。
山路:エンジニアさんに送る段階のクオリティを上げれば上げるほど、いいものが入ってくるんじゃないかっていうことで、「こういうイメージで作ったんで、この空間の広がりでお願いします」と言って送っていました。あとで聴いたらそのまま採用されていて、「え、採用しちゃった?」「そういうつもりでやってなかったっす」みたいなこともありましたけど(笑)。エンジニアさんとの意思の疎通を、音を介してできたのが今回のアルバムは大きいと思いますね。
ーー平日の24時間というのがテーマになっているわけですが、そのテーマはどこから出てきたんですか?
山路:『Talking about a Talk』のときも「トーク」というのをテーマにしてたんですけど、曲を束ねて作品を作っていくときに、テーマのないものを作れないんですよね。曲単体やと、その曲のテーマがあるじゃないですか。でもアルバムになると「この曲とこの曲はなぜ一緒のアルバムに入らないといけないんだろう」って考えちゃうんですよね。理屈っぽいんで。そう考えていくと、やっぱり何か一つ大きいテーマがあって、それを形にするためにいろんな曲に集まってもらう方が作りやすいんです。
「根暗なところが曲に出る」
ーー具体的にはどういうふうに制作に向かっていったんですか?
山路:このアルバムの中で最初にレコーディングしたのは「Sleeping on the bedroom floor」で、レコーディング自体は去年の1月にやっていたんです。歌だけ後で入れ直したんですけど、その時点から時間が移り変わっていく中で人の気持ちも変わっていって……というイメージはあって。「そんな嫌な話、朝から聞きたくなかった」とか思うことがあるじゃないですか。あとは、朝はすごく気分良かったのに、昼間仕事して疲れてきて、あんなに良かった気持ちがダレていったりとか。そういうことを思って出てきたコンセプトですね。
ーーじゃあ「Sleeping on the bedroom floor」を作った時点から、このテーマは朧げながらも存在していたと。
山路:もっと言うと「Driver」(2020年2月配信リリース)がその前にあって。世に出たのは結構後なんですけど、制作に入ったのは一昨年の9月頃だったんです。そのときから“時間の流れ”というテーマはもうありました。自分の中では昼間の曲なんですけど、歌詞には〈朝まで離さないでいて欲しい〉と入っているじゃないですか。これは「今夜は朝まで離さんといて欲しいな」って夕方に思っているんですけど、「でもあいつ、どうせまたようわからんこと言って消えんのやろな」みたいな感じの曲なんですよね。時間の幅が自分の中にあって、そういうものをテーマにしたら面白いなって思っていました。
ーー随分と壮大な、長い時間軸の中でテーマが練り上げられていったんですね。
山路:自分の中でどんどん世界が深くなっていっちゃって。一人と一人の関係性なんですけど、時間経過の精密なスケジュールが自分の中にあるんですよね。このときはこういう気持ち、あのときはこういう気持ち......って。曲の順番が大事なんで、「そこだけ決めさせてください」とお願いして、この曲は朝、この曲は昼、この曲は夜中の何時くらい......と考えてやっていました。
ーーそこに描かれる1日が必ずしもハッピーなものではないですけど、そのカラーにはやっぱり山路さんのパーソナリティが出ているんですかね?
山路:いつも曲を書くときはお話を書くような気持ちで書くんですよ。自分のことを書くというよりは、「こういう人がいるな」「こういう人の隣にはこういう人がいるんじゃないかな」みたいな関係性をどんどん作っていく感じなんです。これはもう性格的なものだと思うんですけど、極限にハッピーな状態をたくさん出すことが難しいんですよね。自分の中で音楽というのは、今までよりもしんどいときとか「何やねん」と思ったときの気持ちと結びついてきたので、どうしてもそういうテーマが好みになっちゃう。根暗なんです。
ーーはははは。根暗って(笑)。
山路:結構社交的に見えてるらしいんですよ、僕って。でも実は根暗で、そういうところが出ちゃうんかなっていう感じがします。僕、中原中也がすごく好きなんですよ。詩を書き出したのは、中原中也がきっかけなんですね。中原中也の詩ってそういう切ない模様とか寂しい気持ちが表現されているんですけど、何かにとらわれてないというか、それを情景として描いている感じがして、たぶんそういうものが好みなんです。そういうのを目指したくなっちゃって。
ーー音楽的にも、メロウな側面がより強く出ている印象を受けましたが、たぶん一番アッパーなのが「Sleeping~」で、あとはもっとダウナーというか、落ち着いた方に向かっている感じですよね。
山路:たぶん好みが出てしまいましたね。あんまり人と会わない状態で曲を作っていったというのもありましたし。落ち着いているけどグッとくる、みたいなものかな。今回、歌は奈良のおばあちゃん家のスタジオで全部録ったんですけど、1人で録るもんですから、「今のところもう1回」とか誰も言ってくれないんですね(笑)。自分で判断して作っていくしかなかったので、全部手探りでやっていました。
ーーその“一人な感じ”はアルバムに出ている気がしますよね。でも、それでこれだけのクオリティができたということは向いているのかもしれないですね。
山路:そうですね(笑)。凝り性ではあるので「もっとこうやったらいいものができるはず」とか、誰にも教わらずに工夫していったり。基本、レコーディングって機材とか何でもあるところでやるじゃないですか。だから、一人でアナログ機材を1個買ってやっていくと工夫が必要で。「この音こうやって録ってるんですよ」とエンジニアさんに言うと、「何ぃ!?」って驚かれたりします(笑)。