アカデミー賞&グラミー賞に輝いたH.E.R.、その歩みを辿る 米音楽シーン代表するアイコンに成長するまで
R&B/ソウルの歴史とスピリットを現代に受け継いだ「Fight For You」
今回のアカデミー賞で取り上げられた楽曲「Fight For You」は、ブラックパンサー党の有力者フレッド・ハンプトンの暗殺事件を描いた伝記映画『Judas and the Black Messiah』の挿入歌で(同映画のサントラにはナズ、ジェイ・Z、ニプシー・ハッスル、ラキムなど、アメリカにおけるブラックコミュニティのヒーローラッパーたちがズラリと並ぶ)、自ずと件のBLMとも連携。制作に関わったD・マイルとティアラ・トーマスは、前述の「I Can’t Breathe」と同じ布陣で、「まだ私たちの闘いは終わっていない」という続編的な宣言にも捉えられる。
楽曲そのものについて掘り下げると、マーヴィン・ゲイ「Inner City Blues」を下敷きにしたようなヒリヒリとした肌触りのリズム隊に、カーティス・メイフィールドを思わせるファルセットと、ここでのH.E.R.は1970年代初頭に隆盛したニューソウルの空気を完全に纏っている。
映画の時代背景(フレッド・ハンプトンが殺害されたのは1969年)と意図的にリンクさせたであろう音楽像は、プロデューサーのD・マイルの手腕にも比重が大きいはずだ。彼はここ数年のR&Bシーンを形づけている中心人物で、ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークが組んだ話題ユニット・Silk Sonicや、ヴィクトリア・モネイ、ラッキー・デイなどの注目株、さらに嵐の楽曲(「Whenever You Call」)までも手がけている。
受賞式内で披露された「Fight For You」のパフォーマンスでは、H.E.R.自らドラムを叩いてみせ、全身黒い衣装に身を包んだバンドとダンサーを引き連れてBLMのマーチングを演出。フレッド・ハンプトンによる実際の演説映像を用いながら「POWER TO THE PEOPLE」と力強いメッセージを掲げた。
天才キッズから大人のアーティストへの見事な脱皮。謎に包まれたR&Bシンガーは、グラミーやアカデミーといった肩書きのみならず、全米の音楽シーンを代表するアイコンへと成長した。本稿内に登場した先人ミュージシャンたちの意思を受け継ぎつつ、これからも彼女は音楽の中にすべての意思をさらけ出していくのだろう。静かに燃ゆるソウルミュージックの火は、まだ絶えない。
■Yacheemi
ダンサー / DJ / ライター / タコ神様。国内~ジャマイカでダンスバトルでの入賞を経験後、 ヒップホップ・グループ「餓鬼レンジャー」 にマスコットとして加入。3密のナイトクラブを中心に年間100本近くのステージに立つ傍らで、地上波TVにも幾度か出演。またR&B音楽にまつわる座学や執筆活動も行うなど、独自のフリースタイル・グルーヴ道を歩む七変化系男子。
■リリース情報
H.E.R.
「カム・スルー feat. クリス・ブラウン」
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「ファイト・フォー・ユー」
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「アイ・キャント・ブリーズ」
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