松尾潔がメロウな視点から語り尽くす、向井太一の魅力 最新作『COLORLESS』で楽しむ成熟
向井太一が4月21日、4thアルバム『COLORLESS』をリリースした。本作には、「ロートジー デジタルMVフェス」コラボレーションソング「僕のままで」やABEMA『ABEMA Prime』2020年度オープニングテーマ「Comin’ up」、EDWIN「ジャージーズ」CMソング「Get Loud」などのタイアップ曲を多数収録。また、向井が国内外の豪華プロデューサー陣とともに、自由な音楽性でありのままの自分を表現した充実のポップス作品だ。今回リアルサウンドでは、向井太一と親交があり、ポップスやR&Bシーンに精通する音楽プロデューサー・松尾潔に『COLORLESS』の解説を依頼。向井太一の音楽との出会いから、本作の楽しみ方、さらにはこれからの向井太一に期待することまで熱く語り尽くしてもらった。(編集部)
“リスナーズプレジャー”を忘れずに歌い続ける人
僕が向井太一さんを知ったのは2016~2017年頃。ラジオだったか、サブスクリプションサービスだったか、とにかく予備知識もないまま流れてきた「SLOW DOWN」で気になったのがきっかけです。「FLY」のときにはすでに太一さんの新譜ということで楽しみにして聴きました。当初、彼のバイオグラフィや制作陣などの情報は何も知らず先入観なく聴き始めたのですが、それでも音や歌声から漂ってくる匂いから「この方は結構なR&Bラバーだな」ということが伝わってきましたね。仕事柄、それが付け焼刃なのか、本当に好きで出てくるものなのかをジャッジできると自負していますが、以前『関ジャム』で僕と太一さんと共演した鈴木雅之さんをはじめ、久保田利伸さん、平井堅さん、CHEMISTRYやEXILE、僕と一緒に仕事をしてきたような人たちの系譜を感じさせるものがあった。彼の血となり肉となっているものが自然に音楽的な所作や仕草として出ているところにすごく好感を抱きましたね。
新作の話にも繋がりますが、アメリカはじめ諸外国のR&Bと時差のない音楽をやっているし、そうありたい人なんだなというのも伝わってきました。具体的に言うと、第一印象としてはクリス・ブラウン、ジェレマイらの影響下にある音楽だと感じたし、仕事熱心でキャッチアップを怠らないというよりも、本当に好きでそういう音楽を聴いているんだなと。つまりいいアーティスト、いいシンガーであると同時に、いいリスナーなのだろうとも思いました。音楽には歌う音楽から奏でる音楽、作る音楽と色々ありますが、聴く音楽も音楽の大切な楽しみ方で、僕は聴く楽しみを知っている人が作る音楽がすごく好きなんです。“リスナーズプレジャー”を忘れずに歌い続ける人として、彼が歩んでくれたらいいなと思ってから5年くらい経ちましたが、すごく理想的なキャリアを築いているように見える。自分の持っている資質や持ち味をどんどん拡張させることはあっても、何かのために今持っているものを消したり諦めたりしない感じも頼もしく見ています。
また、彼には社会の変化を音楽家にしかなしえない切り口で、新しい時代との向き合い方、時代に対してのアティチュードを表現していくという気概を感じます。アルバムタイトルの『COLORLESS』という言葉も一朝一夕に出てきた言葉とは思えない。人を色付けしないとか、自分の色で未来を描いていくというような決意表明、マニフェストだと受け取りました。人は生きていく上で様々な社会的バイアスがかかったり、凝り固まったイデオロギーになっていってしまうものですが、太一さんはしなやかに柔軟に、より良いものにアップデートしていこうという意識を持っている。その姿勢が『COLORLESS』という言葉に表れていますね。加えてブラックミュージックを強く意識して活動してきた人だからこそ説得力を持ちうる言葉でもあるし、それを4枚目のアルバムで出したということに意味があると思いますね。
こういった意識は、彼のよき盟友であるSIRUPやiriさんなど同世代のアーティストたちとも共鳴する部分です。これまで上の世代が発言を控えてきたようなことにもしっかり言及していく。それが現代のR&Bアーティストたちの特徴かもしれません。難しいことこそ平易な言葉で語るなど、エンターテインメントの体裁をとりながら、作品としての完成度の追求にも余念がない。芯のある音楽人や表現者……もっと言えば生活者としての至極まっとうな意思表示があるというのも、今の時代ならではだと感じます。
『COLORLESS』リリックの成熟ぶり
さて、向井太一さんの今回のアルバム『COLORLESS』は特にリリックの部分で成熟ぶりを感じた作品でした。歌詞が聞き取りやすく、言葉がよく伝わってくる。もちろんミックスやマスタリングなどサウンド的な技術も関係していると思いますが、何よりも太一さんがこれまで培ってきた“向井太一節”をきちんとキープしながら言葉を届けることに意識的になっている。つまりメッセンジャーとしての意識も技量もすごく高くなったんじゃないかなと。一回聴いてすーっと歌詞が入ってくる度合いは、今までの作品の中でも一番かもしれません。
アルバムの中でも特に「これぞ向井太一の世界!」と思ったのは、Shingo.Sさんプロデュースの「Sorry Not Sorry」。彼は本当に信頼のおけるプロデューサーなのでそれだけで注目に値しますが、それを抜きにしても太一さんの歌い方やフロウが、ジャスティン・ビーバー「Yummy」以降を思わせるもので。メロディの音程の高低差を刻んでいくような歌い方からは“2021年感”が溢れていますし、それを英語ではなく日本語で、しかも日本語としてギリギリ自然なところを残しながら歌っている。「日本語と向き合って格闘してきたんだな」と強く感じましたね。
歌詞の内容も、これは昔からですが、自分を殊更に美化したり大きく見せたりしないところがいい。彼もすっかり大人になり、大人の男の虚勢、その中でも保ち続けている青さのようなものが似合う年頃になりましたね。たとえばサザンオールスターズの「TSUNAMI」で〈見た目以上涙もろい過去がある〉という歌詞がありましたけど、これはもう永遠のテーマ。桑田佳祐さんのような人でも迷うし、過去を振り返ってそこに逃げ込みたくなるような気持ちがある。HIPHOPでいうところの“Back in the day(昔は)”ですね。目新しいテーマではありませんが、そのことをどんな塩梅で表現するのかがアーティストの個性であり、腕の見せ所だと思うのです。
また、自分の過去、自分の純粋無垢だった頃を振り返る歌を歌うこと自体が、“The End of The Innocence”だという見方もできる。もう今はイノセントだけではない世界に生きている大人なんだ、ということかもしれないし、逆に言うと過去と今は途切れることなく、今もそういうところを持っているんだ、ということかもしれない。どっちとも取れるバランスが、リリシストとしての太一さんのスキルの向上を思わせましたね。
ストーリーを綴っていくような歌詞ではなく、雰囲気や空気のようなイメージを表現する歌詞を書くのはとても難しいもの。だからこそ、うまくハマるとR&B的な音楽は機能美を発揮します。「Sorry Not Sorry」は太一さんやShingo.Sさんの考える心地よい空間や時間の演出に抜かりがなく、すごく上質でお洒落な仕上がりの曲です。