キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」 第15回

TuneCore Japan代表・野田威一郎に聞く、海外向け配信の可能性 日本の音楽は世界のリスナーにどう届く?

「アーティストへの100%収益還元」と「海外配信」への意識

ーー一方、ストリーミングは一再生あたりの収益が少ないため、アーティストの活動を支えるためには、ユーザー数が相当必要とされますよね。日本語圏の大きさも含めて、野田さんは市場規模の推移についてどう見ていますか。

野田:例えば、音楽のストリーミングが本格的に始まってすぐの段階、2016年あたりから、すでに単月の収益でストリーミングがダウンロードを上回っていました。つまり当時、市場規模としては小さかったはずなのですが、そこで活動しているトッププレイヤーのアーティストたちは、十分に活動できるようになっていた。その時点から、「アーティストがストリーミングで食べていける」という可能性はすでにあったし、僕らはそれを伝え、広げていったということです。ただ、日本においては人口の減少もあり、国内で、これからのCDセールスの落ち込みを今後ストリーミングのみでカバーできるかというと、価格設定の問題と人口減が理由で僕はできないと思っていた。だから市場規模を広げた方が良いという思いに至ったということです。僕が言っている世界への目線はもともとそこからきていて。アーティストは基本的により多くの人に楽曲を聴いてもらいたいはずだと、僕は勝手に思っているので(笑)。

ーーいずれにしても、市場を広げる必要があるのは間違いないですね。

野田:どの業界も、維持しているだけでは衰退していくと思いますので。一方で、基本的にはいかに楽しく活動していけるかが重要なのは、アーティストの共通認識だと思っていて。マネタイズの側面だけでなく、アーティストが疲弊して、全然楽しくないという業界にはしたくない。それは僕ら一社だけでできることではありませんが、まずは自分たちでできることとして、アーティストが海外へ配信したいと考えたときに全力で協力したいと思っています。

ーーその意味でも、当初から打ち出した「アーティストへの100%収益還元」という判断は大きかったですね。

野田:これに関しては、アメリカのTuneCoreのモデルがそうだったということに尽きるのですが、僕が調べたときには、流通業としてパーセントモデルの方が多かったんです。しかし、アーティストに寄り添ったときに、売れるアーティストほど、100%還元というモデルは喜ばれるサービスだと思っていて。自信がある人、やってやろうと思っているアーティストの方が、僕は成功する確率が高いと考えていて、本気でやっているアーティストが使えるサービスでありたいですね。そうすることで、自ずと色々なスタンスのアーティストも使えるサービスになると思うので。

ーーそうして多くのアーティストとの関係を結んでいったと。

野田:そうですね。また思っていたのは、アーティストがメジャーレーベルに所属すれば、制作からライブ、配信や流通も、知らないうちに手配してくれるじゃないですか。そうではなく、きちんとアーティスト自身がリスクを背負った方が、しっかりと意識を持つかなと。自分でやるんだよ、という。その先は、もちろん助けてくれるチームが必要だけれど、アーティストが自分で稼いだお金を自分の判断でスタッフを雇うとか、広告出稿してみるとか、そういう感覚がインディペンデントのうちに味わえると、レーベルのありがたみも逆によくわかるようになるはずだという発想です。偉そうなことを言っていますが、アーティストにとって活動を継続させることが重要だと思っているので、失敗しても、またチャレンジできるくらいのアーティストとしての意識、土台みたいなものを作っていきたいなと考えています。

ーー今後、TuneCore Japanが収益を伸ばしていくためには、どこがポイントになっていきますか。

野田:今のところは、流通額が大半ですね。実は一貫して流通量も増えているし、アーティストの還元額も増えていて、利用者も増えている。これまで配信をしてきてなかったアーティストが純粋に増えてきていて、マッチングが起きているといえる状態です。またTuneCore Japanの付随するサービスとして、YouTubeコンテンツIDによる広告収益の収益化や映像の配信などを「アーティストサービス」と呼んでいるのですが、それらも認知を得てきておりこれから増やしていく予定はあります。

ーーここ数年は、インディペンデントのアーティストだけではなく、レーベルに所属するアーティストもTuneCore Japanからの配信でチャートインするという状況にもあります。

野田:そうですね。僕らはインディペンデントのアーティストをもちろん推してはいるんですけど、誰でも使えることがまた重要であり、利用者には法人もたくさんいらっしゃって、数千社ほど使っていただいていると思います。それぞれのレーベルや事務所で、自前でディストリビューションのシステムを作るとなったら、大きなコストがかかりますし、僕らはそのコストをできるだけアーティストに還元していただきたいと思っています。当初は、レーベルや事務所の仕事を奪うように思われたこともありましたが、100%の収益を還元させていただいていることで、最近はご理解いただけるようにもなってきました。

音楽を取り巻く環境を豊かにしていきたい

ーーもうひとつ、コロナ禍でアーティストの活動が制限され、音楽業界全体が大きなダメージを受けました。その中で、ストリーミングを通じて音源が流通し、多くの人に聴かれているというのは、一つの希望だと思っています。TuneCore Japanとしてはその状況をどう捉えていますか。

野田:TuneCore Japanとして昨年の4月~5月に「STAY TUNE, BE STRONG」という全サービスの無償提供と年末に「#IndependentAF」というシングル配信無料キャンペーンを行いました。これがアーティストさんに喜んでいただけて、ステイホームで時間があるうちに曲を作って配信しようと、前向きに活動を続けるきっかけにはなれたかなと思っています。あとは、そのタイミングで瑛人くんの「香水」でバズが起きました。昨年は、僕らにとっては瑛人くんの存在が一番大きかったかもしれないですね。

――TuneCore Japanが公表しているデータでは、2019年に還元額が42億に達し、アーティスト、レーベルへの累計還元額が100億円に上ったと。2020年は、それ以上規模になったのではないでしょうか。

野田:おかげさまで昨年以上にはなりそうで、去年と同程度の伸び率は、この規模になってもまだ維持できそうです。先ほどの瑛人くんのようなアーティストの存在も大きかったと思います。インディペンデントのアーティストとの契約も増えていますし、メジャーに移っていくアーティストも活発になっていて。そのような活動でアーティストにとってもレーベルにとってもWin-Winになっていただければよいと思っています。

ーーこれまでTuneCore Japanとして多くのアーティストの楽曲を届けてきたなかで、野田さんは今後、日本のアーティストの音楽が海外でもっと聴かれる可能性について、どう考えていますか。

野田:可能性はとてもあると思っています。というのも、やはり楽曲のレベルが高くなっていると思うんです。ジャンルやタイミングによるところはあると思いますが、K-POPがすでにグローバルに根付いているという事例もあります。ただ、そこに至るためには、アーティスト個人で取り組むだけでは限界があるので、アーティストやそれを取り巻く環境全体がより開かれた方向を進んでいくことが重要だと考えています。

ーーその部分で TuneCore Japanは今後どのような役割を担いますか。

野田:TuneCore Japanを軸に、先ほどお話した付随サービスを含めて360度的にやっていこうと思っています。まずはアーティストのみなさんに、「曲を作ったら普通にTuneCore Japanで配信する」くらいの感覚で使ってもらえるようになることを期待しています。僕らはアーティストが活動していくためのハードルをなるべく下げたいと思っているんです。特に音楽に興味を持った中高生とか、地方の方とか、別に東京に出なくても、音楽活動を継続できるというオンラインの良いところを最大限に発揮してもらいたい。これから、ローカルアーティストみたいな存在が増えると思っていて、実際に最近では、沖縄から高校を卒業したばかりのSugLawd Familiar(サグラダファミリア)というヒップホップクルーがチャートを走っていますけど、話題になっています。僕らとしては「とりあえず配信してみたらどう?」みたいなテンションで、音楽を取り巻く環境を豊かにしていきたいと考えています。

TuneCore Japan

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