『15th Anniversary 弾き語り Best』インタビュー

藤田麻衣子と弾き語りの関係性 デビュー15周年、“一発録り”ベスト盤に挑んだ理由

 ピアノひとつで紡がれる音の糸。白い息が見えそうなくらいピーンと透明に張り詰めたその綾を、声が心のおもむくまま泳ぎ、体温とともに歌に織り上げていく。なんと素朴で精巧な「瞬間」の手仕事だろう。デビュー15周年を記念してリリースされる藤田麻衣子の『15th Anniversary 弾き語り Best』。全20曲、たった一人で、自分のリズムで、完全一発録りを貫いた弾き語りベストだ。「大嫌いで、大好きで、逃れられない」という弾き語り。その手法でのベストに、なぜ今、潔く臨めたのか。15年の道のりとともにたっぷり語ってもらった。(藤井美保)

弾き語りは自分の最大の武器で、最大の苦手でもある

ーー今年、デビュー15周年。まずその感慨を聞かせてください。

藤田麻衣子(以下、藤田):さまざまな紆余曲折がありましたけど、思えばいつも、私は私に合ったタイミングで、必要なものを与えられてきたんだなと。たとえば、今回の『15th Anniversay 弾き語り Best』(以下『弾き語り Best』)もそう。声のコンディションがすごくいい状態で録れたんです。これが数年前だったら、低音がすぐひっくり返っちゃって、自分で書いた曲なのに歌いきれてなかったんじゃないかなと。今回は特に、みなさんからのリクエストを元に収録曲を決めたので、「えっ、それ選ぶの?!」と言いたくなるような難易度の高いものも多かった(苦笑)。声に関して色々克服したり、学んできた今だからこそ、太刀打ちできたのかもしれない。そこも含めて、タイミングに恵まれてるなと実感してます。

ーー昨年、初めてのエッセイ本『一つ言葉にすれば 一つ何かが変わる』を出版されました。あれは、15周年に向けてご自分の歩いてきた道を一旦整理するという意味もあったんでしょうか?

藤田:そうですね。あの時点ではまだ『弾き語り Best』という具体案はなかったんですけど、2021年に15周年を記念する何か特別な作品を出すんだろうなとは思っていて、そのためにも2020年のうちに15年を総括する本を出すということを目標にしていました。というのも、これまでの5周年、10周年では、47都道府県ツアーを行ってるんですね。15周年でももしそれができるのなら、本を持って全国のみなさんに会いにいきたい。そうイメージして、ずっと聴いてくださってる方でも知らないエピソードを記しました。私をもっともっと知っていただく2021年にしたいと思ったんです。

ーー着々と準備していたわけですね。

藤田:はい、着々と(笑)。ただ、ライブだけは、それまでと同じようにはいかなくなった。でも、だからこそ、今回の記念の1枚を、ライブをそのまま閉じ込める弾き語りアルバムにしようと思ったんです。まるで目の前で私が弾き語っているようなベストにしたかった。だから、ミックスにもこだわりました。耳にまろやかに届くように調整しつつも、ヒリヒリ感はギリギリまで出す。そこを、エンジニアさんと一緒に最後の最後まで追求しましたね。

ーーなるほど。コロナ禍における意識の変化みたいなところは、ぜひお聞きしたいと思っていたんです。

藤田:その時々の状況を受け止めて、感謝して進むクセはもうずっとあるので、ふいに時間ができたことも、ずっと突っ走ってきたから、たまには休憩しなさいってことなのかなと思ったりしてました。ライブができない分、リリースできることに感謝して、とにかく1曲、1曲頑張ろうと。考えてみると、弾き語りアルバム自体、これまでだったらスタッフにさんざん提案されても、その度に「ヤダ!」と即答してたんですよ。だって大変だから(笑)。

ーーウハハ!

藤田:「やるか! いよいよ」と思えたのは、きっとこういう状況下だったからというところもありますね。同時に思ったのは、私がこうやって活動できているのは、最初からずっと応援してくれてる人、どこかのタイミングでふと私の歌と出会ってくれた人がいてくれるからなんだということ。それがあって私はこの世界で生かされていると思えてるわけだから、記念作品をただ作るだけじゃなく、みんなが楽しいと思えるものにしたかった。それでリクエストを募ったんです。

ーー弾き語り作品を出すのは、2013年に弾き語りフリーワンマンライブを行った武道館で、会場限定発売の作品以来。原点を一度封印したのかなと思いきや。

藤田:実は大変だからいやだったというだけでした(苦笑)。一番のネックはピアノに対する苦手意識。21歳から弾き語りを練習して始めたので、それこそCDデビューの頃は収録に使えるレベルじゃなかったんですね。2013年の武道館のときも、クオリティ的に全然自信がないから、「限定だったらやる」くらいの感じで。そもそも、あの武道館の弾き語り自体、怖くて怖くてたまらなかった。当日までの2カ月近くは、逃げたくて、逃げたくて、泣いてばかりの日々でした。なんとかやり遂げて、一つ壁を越えて、そしたらメジャーデビューにもつながったんですけど。つまり、弾き語りは自分の最大の武器で、最大の苦手でもある。大嫌いで、大好きで、逃れられないという、ちょっとヘンな関係性なんです。

ーーそうなんですね。

藤田:今回の『弾き語り Best』も作りたくはあったけど、やっぱり大きな覚悟が必要でした。だから、作り終えた今、めちゃくちゃホッとしてるし、嬉しくてしょうがないんです。

ーー時間をかけて手に入れたものがあって、カタチになったんですね。

藤田:苦手意識が膨らみすぎてたけど、今回のレコーディングはすごく楽しくて、やり甲斐がありました。とにかく集中力との勝負。高めて、高めて「キタ!」というタイミングを日々待つという感じでした。実際の録音時間は本当にわずかで、あとは食べて喋ってるだけみたいな感じだったので、事情を知らない人には、スタジオに遊びにきてる人にしか見えなかったと思います(笑)。

ーー「キタ!」を待つスタンバイ状態だったわけですね?

藤田:はい。タイミングを逃さないってすごくパワーを使うんですよ。やり甲斐はあったけど、日々クタクタでした。普段レコーディングの写真はよく撮るほうなんですけど、今回は撮ってないことに最終日まで気づかなかった。写真なんて発想にいかなかったんです。ま、ずっとメイクもしてなかったんですけど(笑)。

ーーどの曲も感情の揺れに合わせてリットしたりアッチェレしたりしながら、ご自身のリズムで、フリーテンポで歌われていますよね。クリックなしの完全な一発録りですか?

藤田:はい。弾き語りライブとまったく同じです。

ーー同じ録音環境に、何日か通って録ったということですか?

藤田:そうですね。

ーースタジオに入ってからはどんな進行で?

藤田:まず食べて(笑)、ストレッチしながら発声をして、ひとしきり終わったら、スタッフやエンジニアさんと雑談して、「よし、キタ!」となったら1曲録る。声がキラキラしているうちにいかに1stテイクを録るかの勝負ですね。で、1曲終わったら、また1、2時間雑談しながら過ごして、声と気持ちが整ったところで2曲目を録る。みんな気長につき合ってくれてました。私が「キタ!」とブースに入ろうとすると、エンジニアさんが「えっ、今なの?」というときもあったり(笑)。

ーーみなさん気長にかまえつつ緊張は絶やせなかったんですね。

藤田:集中力が高まるまでの時間は読めないから、やっぱり毎回1日がかりでしたね。「今日は3曲いけたらいく」と入っても、もし2曲で自分の思う声質じゃなくなっちゃったら帰っていました。録音日が1回終わったら2、3日空けて、ノドを休めたり、ピアノの練習にあてたり。一番いいコンディションで臨めるように組んでもらってました。

ーーコンディションの判断は藤田さんですよね。だからこそ、1曲1曲、「キタ!」の瞬間が刻まれてる。

藤田:理想的なレコーディングですよね。自分のコンディションのことをまだよくわかってない頃ではできなかった。あと、いろんなことに言えるんですけど、人って人に気を遣って生きていますよね。

ーーあ、はい。そうですね。

藤田:それって人としては当たり前なんですけど、この仕事を始めた頃はそれが災いすることも多かった。気長に見てくれるスタッフが多かったにも関わらず、「迷惑かけないように上手く歌わなきゃ。早く録らなきゃ」が先に立ってしまって、いい結果にならなかったり。今は、必要な自分勝手さを身につけられている気がしますね。つまり、礼儀正しく空気を読むことが私の一番の仕事ではなく、一番いい声で、一番いい作品を作ることが、一番大事な私の仕事なんだとわかったんです。

ーーアーティストの本分ということですね。

藤田:はい。元々歯科衛生士として3年間社会人を経験しているので、デビュー当初はその普通の価値観が先行してしまい、自分のペースを貫くという風にはなかなかなれなかった。今は、もの作りをする人間として、気を遣う部分と自分のペースを貫く部分とをうまく使い分けられている気がします。

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