宮沢和史『次世界』インタビュー
「言葉と向き合う時間はとても長かった」ーー宮沢和史、不安抱える世の中で伝えたかったメッセージ
宮沢和史が1月20日にアルバム『次世界』をリリースした。本作には、この2020年に制作した新曲4作に、詩の朗読作「最大新月 ~2020.08.15 Live ver.~」、1998年に発表した「旅立ちの時」の新録などを収録。新曲はいずれも、世の中の状況を踏まえつつ“未来”に向けた視点で描かれており、タイトル通り“次世界”に歩み出そうとする意思を感じる作品だった。
とはいえ、コロナ禍となり明日がどうなるかがわからない2020年において、何を伝えたらいいのか難しい1年だったと明かす宮沢。朗読会や詩の座談会を行うなど、ひときわ“言葉”に対する重要性を感じているであろう彼が、考えた末に行き着いた“今発すべきメッセージ”とは何だったのだろうか。(編集部)
次の世界を僕はワクワクしながら考えたい
――新作の『次世界』、とても素敵なアルバムでした。全7曲トータルでひとつの楽曲に感じられるような内容で、一篇の詩のように味わい深く、今誰もが漠然と抱えている不安に寄り添ってもくれる作品だと思います。宮沢さんにとってはどんなアルバムですか?
宮沢和史(以下、宮沢):ありがとうございます。2020年にしか作れないアルバムを作りたかったんですよね。だけど、2020年から今にかけては本当に何を伝えたらいいのかが難しい1年で……。たとえば、音楽のひとつの要素として、みんなを元気づけたり勇気づけたりする作用がありますが、それもなかなか迂闊なことを言えない。“今がつらくても明日があるよ”なんてフレーズもしっくりこない状況じゃないですか。明日がどうなるかすらわからないわけだし。
――そうですね。
宮沢:だからものすごく悩んで、いつも以上に時間をかけました。一度は行き詰まったりしつつも、それでも何か音楽で伝えられるメッセージはあるはずだって。で、まずは詞を先に書こうと。言いたいことをハッキリさせることにしました。サウンドを面白くしようとか、音楽的な欲求を満たすアプローチではなく、シンガーソングライターの核である、言いたいことを明確にするところから始めて。去年の4月くらいには、軸となる4曲「未来飛行士」「次世界」「歌い出せば始まる」「アストロノート」の骨組みはほぼできてたんですよ。
――でも、そこからさらに時間をかけた。
宮沢:そう。新型コロナウイルス感染者の推移や世の中の動向を受けて言葉を直したりしながら、ようやく今の自分が思う揺るぎない4つの詞ができました。それにまとめて曲を4~5日でバーッと付けて仕上げたんです、このアルバムは。通常の制作とはだいぶ違って、シンガーソングライターとしての原点に戻った感じで、“言いたいことがあるから、俺は音楽をやってるんだ”ってスタンスにまたなれたというか。非常にピュアな想いで作れた気がしますね。
――詞を先に書くのは珍しいんですか?
宮沢:うん。基本的には曲先が多いですね。こんなサウンドを作りたいみたいな気持ちも強いほうだし、それがあった上で何を伝えようかっていうのも楽しいから。いちばんいいのは、曲と詞が同時にできること。運命みたいに。サビくらいはそうなるのが理想かな。でも、今作に関してはとにかく言いたいことを自分の中で整理する必要があった。このような状況下で、誰かを傷つけたり不安にさせたりもしたくなかった。なので、言葉と向き合う時間はとても長かったです。ただ、ポジティブに考えるならば、エマージェンシーな事態がなかったら、もっと流された日々の中で音楽をやっていたかもしれない。1回立ち止まれたおかげで、じっくり“俺ってなんぞや?”みたいなところから始められたし、僕にとって貴重な時間だったのは間違いないですね。
――予期せぬ事態に直面したからこそ生み出せたアルバムだと。
宮沢:とはいえ、やっぱり大変でしたよ。人間って、終わりがわかっていればがんばれるじゃないですか。ゴールテープが張ってあるのが見えれば走れるけど、それがない1年ってのは実にしんどいですよね。コロナがいつ終わるのかが不透明で、マラソンに参加してるのか、100m走をやっているのかもわからないみたいなシチュエーションだから、ペース配分のしようがない。でも、そんな中で意識していたのは、決して刹那的になってはいけないことかな。ほんの一段でもいいので高みを目指して、日々の生活を送ろうと。そして、心と身体をいつも健全にしておく。ネットの世界に埋没しちゃったりしたら抜けられないだろうなっていう危機感は持ってました。
――こういう状況だし、自分が健全かどうかをより意識するのは大切ですよね。
宮沢:はい。沼に足を踏み入れないように、刹那的になってしまわないように心がけてました。そういう意味でも、僕が今いちばん歌いたいのは次の世界をみんなで描こうってことなんです。埋没するのではなく、少しでも高いところをイメージしてみようよと。まずは、鉛筆で紙に描いてみるだけでいいから。そしたら、人類って絶対にそこへ行けるはずなんだよね。今までの歴史がそうだったし。たとえば、月へ行けるなんて昔は誰も想像してなかったけど、誰かが月に行く物語を夢見て“やってみよう”となったわけだろうしさ。前向きになんて安っぽく言いたくはないですが、次の世界を僕はワクワクしながら考えたい。誰も用意してくれないですよ。「次世界」で歌っているとおり、正義の味方なんて待っていても絶対に来ない。平和やしあわせな未来は自分たちで掴むもの。そのためには青写真をしっかり描くことが大切だと思いますね。
――今お話を聞いていて、「未来飛行士」や「アストロノート」で〈飛行士〉という歌詞を使っている理由がわかりました。
宮沢:コロナ禍でふと考えたのは、僕らは地球にいると思いがちだけど、宇宙にいるわけです。宇宙にいて、地球という船で旅をしてる。しかしまあ、旅と言ってもただ自転しながら太陽の周りを公転することしかできないし、ここを抜け出そうと宇宙へ行ける民間機をチャーターしたとしても、費用は何千万円もかかって、時間は数分しか行けない。ジャンプをしても、せいぜい1秒くらいしかこの地球からは逃れられない。これって非常に窮屈で不自由だな……とかね。現実を見ても、イギリスから新しいウイルスがすぐ来ちゃうものなんだなとか、成田空港もそれをスルーしちゃうのかとか。今回のコロナで現代における物の距離感、地球の大きさ、そこを移動する時間軸、人の命の重さ・軽さ、などいろいろなことが把握できた気がしたんです。だからこそ、どうしたらいいんだろうという発想になる。まずは生きてまた必ず会おうと歌うことから自分は始めてみたんです。単に“明日に希望を持とう”みたいなことを歌って終わるんじゃなくて。
――「次世界」では〈このたよりない 二本の足じゃあ どうやっても 地上から離れられない〉、「アストロノート」では〈僕は宇宙飛行士 だけど 飛べないアストロノート〉と歌ってますもんね。
宮沢:特に「次世界」は、イントロや間奏をちょっと不穏なアレンジにしました。とてもポジティブな言葉で歌っているんですけど、そうは言ってもこの世の中がもうギリギリな状態だっていう危うさをサウンドに出したかったので。1曲で両面が感じられる作りになったと思いますね。
――「歌い出せば始まる」の〈数え切れないほど作った歌は どこか遠くへ 吹き飛ばされてしまった〉という部分からも、宮沢さんがコロナ禍で抱えていた葛藤が伝わってくる感じがします。
宮沢:今まで蓄えて所有して集めてきた物になんの意味があるんだろうと思ったりもしたんですね。目にまったく見えないのに、そのくらい僕らの景色や捉え方を変えてしまうコロナウイルスは恐いですよ、本当。でも、この曲で書きたかったのは、僕がたとえ命以外のすべてを失くしたとしても、元気でさえいれば大丈夫ってことです。自分が歌えば音楽が始まるし、誰かが僕の曲を歌ってくれたらその人に活力が湧く。歌はそういうところが改めて素敵だなと。本人がいなくても、いつでもどこでも監獄の中でも成り立つわけだし。何を失っても、歌い出せば始まる。そう考えたら、楽になったんですよ。暗闇からもフッと出られる。物事はやっぱり考え方次第で変わりますね。
――コロナ禍におけるいろんな経験を通して、どこかの段階で“今できるのは新しい次の世界に向けて歩み始めること”という考えに至ったと思うんですけど、このメッセージが軸になった背景をもう少し聞かせてください。
宮沢:うーん、なんて言えばいいかな……東日本大震災って、僕の人生においてすごく大きな出来事で。遡ると、天安門事件も同じく、自分の価値観が変わるくらいに衝撃的なものだったんですね。そして、今回のコロナでさらに未経験な事態を迎えているんですけど、最近は熊本地震や水害も各地であったじゃないですか。なんだか様々な形の未曾有の危機が起きるタームがどんどん短くなってきてる気がして。これはさすがに人間のせいだろうと認めなくてはいけない。人口過多、資源の奪い合い。グローバリズムなんて体のいい言葉で取り繕いながら、ただ安く儲けようとするだけの社会とか、そういうもののツケが現象として出てるんだろうなって。環境をどんどん削っていったりした結果、とうとう未知なるウイルスまでが現れてきた。
――なるほど。
宮沢:つまり、アルバムに込めたメッセージを言い換えるなら、過去に戻っちゃいけないってこと。コロナ禍以前の2019年みたいな世界に戻れたとしても、そのまま元の生活に戻るだけだったら、また2年後とかに似たような別の脅威が出てくる可能性もあると思うんですよ。だから、次の世界を描こうと歌っているんです。人のしあわせって何なんだろう? お金をたくさん持つことなのか? 高級な牛肉を食べることなのか? 生きる本質をあらためて問ういい機会ですよね。我々が目を背けてる人間が引き起こした諸問題と、もう1回向き合うチャンスをいただけてるのかもしれない。そういう視点から書き始めたんです、今回の新曲は。
――コロナが無事収束したとして、よかったよかったで元の生活に戻ってしまうと……。
宮沢:それだとまた同じことの繰り返しな気がします。根源的な問題が解決していない。みんな、もう気づいているはずなんですよ。“このままを続けていては未来はいつか途絶えてしまう”と。今は本当に勝ち組負け組、金を儲けた人が勝ちみたいな世の中になっているじゃないですか。これも変えていかないと、どんどん振り落とされる人が出てしまうし、一部の人が贅沢をするような……平たく言えば分断という状況が後を絶たないから。やっぱり、そろそろ変わろうよと思うんですよね。
――歌詞で過去よりも未来にだいぶ重きを置いていたのは、そういう想いがあったんですね。
宮沢:最近はいろんなCMで“サステナブル”ってワードが頻繁に使われているんですよ。あれがすごく寂しく感じますね。“持続可能”を強調するということは、持続が難しいと言っているわけだから。将来がどうなるかわからないので、持続可能な何かを考えていきましょうってさ。悪くないメッセージに聞こえがちだけど、うーん……っていうね。グローバリズムと同じで、横文字にして逃げてる。そういう目先のまやかしの時代も終わりにしたほうがいいんじゃないかな。
――確かに。
宮沢:さっきもちょっと話しましたけど、人間のしあわせってなんだろうと考えたとき、キーワードはやっぱり“美しい”だと思ったんです。美しい環境で、美しい心でいられる。これ以上のしあわせってない気がして。もちろん、それを実現させるためにはたくさん努力しなきゃいけない。人間はどうしても美しいだけじゃ生きられないですからね。心の中に醜い部分があったり、自分でコントロールできないことが僕にもみんなにもあったりする。で、日陰があるから日向が美しく見えるのも間違いないので、両方あってしかるべきなんですが、日陰の部分がメインストリームになっちゃいけないんですよ。なのに、今はそうなりかけている感じがしてね……。たとえば、誰かを悪く言って利益を得るみたいな行為はぜんぜん美しくないじゃないですか。
――はい。
宮沢:やっぱり光が当たる、美しいほうがメインにあるべきなんですよ。そこを僕らは見失ってるんじゃないかな。だって、こんなに美しい地球をこんなに汚くしてしまっているわけですから。僕は今55歳なんですけど、もしかしたら若い人たちに今話したようなことをしっかり伝える努力をしてこなかった、僕らの責任は重いと実感しています。
――本当に大切なものは何なのかとか、自分自身をもう一度見つめ直してみようとか。そういうことは考えさせられましたね、このアルバムを聴いて。
宮沢:お、それはすごく嬉しいです。聴いてくださったみんなの気持ちが何かちょっとでも変わったり、一度でも熱くなったり、明日が来ることが当然じゃなくて奇跡なんだなと思ったり、いろいろ感じてもらえるといいな。コロナ禍において、僕には僕の役割があるんだろうなと。今はそれを確かめているところもあります。
――今の年齢になって気がつくことも、まだまだあるものですか?
宮沢:ありますね。たぶん一生、死ぬまでそれが続くんじゃないかな。絶対に達観しないし、完成もしないと思います。何歳になっても“あっ、そうだったんだ!”とか気づけるのは嬉しいですよ。本当に喜ばしいことで、才能と言ってもいいかも。知らないことばかりだなと感じる人生って、意外にしあわせなのかもしれません。