渡辺志保が選ぶ、2020年HIPHOP年間ベスト10 世界が揺れ動いた年にリリースされたラップアルバムに注目

Lil Uzi Vert『Eternal Atake』

 フレッシュな才能、という点からいえば、リル・ウージー・ヴァートのアルバム『Eternal Atake』も充分に刺激的だった。かねてからファンたちのあいだではリリースが待ち焦がれていた一作であり、Twitter上での煽り方も新世代ならではの熱気を感じたし、テーマの作り込み方や型に捉われぬ自由な作風もまた、“らしさ”満点であった。今年、多くのラッパーらがチャレンジした「デラックス盤文化」もまた、このリル・ウージーのアルバムが大きい引き金になっていたと思う。アルバムリリースにかけた大きなハイプは、年末にリリースされたプレイボーイ・カーティ『Whole Lotta Red』リリース時にも感じたことだ。また、キッド・カディのアルバム『Man On The Moon III: The Chosen』は、10年のときを経てリリースされた三部作の完結編。閉塞感を突き破るような、ユニークでスペーシーなサウンドは聴きごたえもたっぷり。全体を4つのセクションに分け、自身の創造性を遺憾なく発揮した構成はカディならでは。ストーリーを織り込んだアルバム全体の作り込み、という点でいうと、ロジックの(事実上の)引退アルバムである『No Pressure』もまた、渾身の一作であった。随所に差し込まれたナレーションひとつひとつにもこだわりが感じられ、彼のナード魂がギラギラと燃えているような印象を受けた。

Pop Smoke『Shoot for the Stars, Aim for the Moon』

 最後に、2020年、最も衝撃だったニュースはポップ・スモークの突然の逝去だ。滞在していたLAで撃たれ、わずか20年の生涯に幕を閉じた。2019年の夏頃から「Welcome To The Party」が世界的に盛り上がり、ブルックリンを舞台にした新たなドリルスタイルを提唱したポップ・スモーク。あれよあれよという間に人気が出始め、周辺のNYドリル系ラッパーの興隆も相まって2020年には本格的なブレイクが期待されていた矢先の事件であった。遺作『Shoot for the Stars, Aim for the Moon』は、彼の不在が信じられないほど鮮やかな仕上がりだ。ハードなドリルチューンもあれば、大ネタをサンプリングしたミッドチューンもあり、改めてポップ・スモークが描いていた壮大な青写真を見せつけられたような気がした。かつて50セントが強烈なカリスマ性で築き上げたNYヒップホップ城の天守閣から見た情景を、もう一度ポップ・スモークが見せてくれる……その夢はもう叶うことはない。また、ポップ・スモークが2019年に発表した「Dior」は、今年、プロテストの現場におけるアンセムと化し、多くの若者を躍らせていた。

 他にも、ジェイ・エレクトロニカによる難解を極めた力作でありデビュー作『A Written Testimony』や、コンウェイ・ザ・マシーン『From King To A God』などに代表されるハードコアレーベル<Griselda Records>からリリースされたアルバムの数々などにも心を震わされた。2021年、どんな大きなうねりがヒップホップ業界を襲うのか。こんな時だからこそ、ラッパーたちのハードな作品を心待ちにしたい。

■渡辺 志保
1984年広島市生まれ。おもにヒップホップやR&Bなどにまつわる文筆のほか、歌詞対訳、ラジオMCや司会業も行う。
ブログ「HIPHOPうんちくん」
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blockFM「INSIDE OUT」※毎月第1、3月曜日出演

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