ジャニーズ、ハロプロ……アイドルはなぜ”トンチキソング”を歌うのか 折衷の妙が生み出す、歌謡曲の遺伝子が目覚める瞬間

 一方女性アイドルに目を向けてみると、やはりつんく♂の名が思い浮かぶ。ジャニー喜多川とはグループ名の付けかたが独特のセンスということのほかに、トンチキソングの生みの親という点でも共通点がある。

 たとえば、Berryz工房「ギャグ100回分愛してください」(2005年発売)は、タイトルからも伝わるように、つんく♂の特異な言語感覚が炸裂している一曲だろう。受験を控えたらしい女の子が彼に会うのを我慢しているせつない恋心を歌った曲と取れるが、めまぐるしくあちこちに話が飛び、そこに「のに」を「のにゅ」と変形させる語尾の遊びも加わって結構なトンチキ感がある。

 またつんく♂の曲では、突然話のスケールがとてつもなく飛躍して一瞬「?」となることも間々ある。たとえば、モーニング娘。「ザ☆ピ~ス!」(2001年発売)にある石川梨華のセリフ〈青春の1ページって 地球の歴史からすると どれくらいなんだろう?〉のように、身近な恋愛のことがいきなり地球規模の話に飛躍する。いかにも唐突だが、そこがなんとも言えない魅力になっているのも確かだ。

 こうしたトンチキ感のある曲は、つんく♂曲だけではない。寸劇のパフォーマンスも印象的なBEYOOOOONDS「眼鏡の男の子」(2019年発売)やタイトルを見ただけで一瞬度肝を抜かれるアンジュルム「46億年LOVE」(2018年発売)など、いまやハロプロの欠かせない文化として定着している。

 ではなぜ、トンチキソングはジャニーズとハロプロで目立つのか? ひとつ考えられるのは、ジャニー喜多川とつんく♂に共通して感じられる「歌謡曲マインド」である。歌謡曲のトンチキさはヒャダインも指摘しているところだが、さらに突き詰めればそのコアにあるのは折衷の妙と言えるのではなかろうか。

 歌謡曲は、いわば和洋折衷の極みのようなジャンルである。日本的な情感を表現するのに西洋のポピュラー音楽の要素を大胆に取り込み、独自の世界を作り上げた。それは演歌もポップスも変わらない。和と洋に限らず歌謡曲において折衷することは正義であり、折衷も突き抜ければ一種の創造になる。

 ある意味、トンチキソングにはそんな歌謡曲的折衷のエッセンスが凝縮されている。歌詞のなかで一見まったく無関係なもの同士が出会い、アイドルはそれを一生懸命真面目に歌い踊る。脈絡なくドバイのことを日本のアイドル歌手が歌い、恋愛のことがいきなり地球の歴史に結びつく。そんな日常と非日常のシュールな出会いが、楽曲の唯一無二感を生む。それを私たちは「トンチキソング」と呼んで愛する。

 アイドルはいまやそれ自体で独立したジャンルだが、元をたどればルーツは歌謡曲である。それは私たちファンの側も同様だ。とはいえ、その事実はいまや忘れられがちでもある。だが時に、私たちの奥底に眠る歌謡曲の遺伝子が目覚める瞬間がある。それが、アイドルのトンチキソングなのだろう。

■太田省一
1960年生まれ。社会学者。テレビとその周辺(アイドル、お笑いなど)に関することが現在の主な執筆テーマ。著書に『SMAPと平成ニッポン 不安の時代のエンターテインメント』(光文社新書)、『ジャニーズの正体 エンターテインメントの戦後史』(双葉社)、『木村拓哉という生き方』(青弓社)、『中居正広という生き方』(青弓社)、『社会は笑う・増補版』(青弓社)、『紅白歌合戦と日本人』『アイドル進化論』(以上、筑摩書房)。WEBRONZAにて「ネット動画の風景」を連載中。

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