大根仁監督に聞く、映画やドラマにおける“音楽”の重要性 『共演NG』KIRINJI 堀込高樹との劇伴制作も振り返る
秋元康×中井貴一&鈴木京香×大根仁によるドラマ『共演NG』(テレビ東京系)が、特別編の放送を終え、ついに完結した。
大物俳優の遠山英二(中井貴一)と大園瞳(鈴木京香)、元恋人同士の二人が劇中ドラマ『殺したいほど愛してる』で25年ぶりに共演。他にも様々な事情を抱えた「共演NG」の俳優たちが集結し、それぞれの問題と向き合いながら一つの作品を作り上げていく様子を描いた大人のラブコメディとして好評を博した。
今回リアルサウンドでは、本作を手がけた大根仁監督へのインタビューが実現。ドラマ本編に関する話題を前編、劇中の音楽に関する話題を後編にてお届けする。後編となる本稿では、KIRINJI・堀込高樹へのオファーのきっかけから、これまでの作品全てに共通する劇中音楽の制作手法まで、大根監督作品には欠かせない重要な要素である“音楽”について語ってもらった。(編集部)
劇中音楽は「リズム」や「ベース」を大事にしたい
ーードラマ『共演NG』ですが、昨日特別編も放送され、本当の意味での最終回を迎えました。音楽はKIRINJIの堀込高樹さんが担当されていましたが、この機会に改めて大根監督の作品と音楽の関係性について、いろいろお話を聞かせていただきたいと思って。
大根:そもそも、自分が映画やドラマを作るときは、脚本・キャスティング・音楽がほぼ同時進行、最初に決める3要素なんですよね。自分で脚本を書く場合は、いわゆる「あて書き」じゃないと書きづらいというか、「この役者には、こういう台詞が合いそうだな」とか「こういう台詞を言わせたい」とか、そういったものをイメージしながら書いていくので。それと同時に、音楽は自分にとって、その作品の「空気感」を決めるものというふうに捉えているんですね。空気がなきゃ何も生まれないわけで……だから、それを誰にお願いするのかはいつもかなり早い段階から考え始めていて。自分の場合、プロの劇伴作曲家に頼むことよりも、ミュージシャンとかDJとかトラックメイカーとかに頼むことが多いんですけど、「この人は、きっと劇伴向いてるだろうな」っていう感じの人が、いつも自分の中では何人かいるんです。
ーーこれまでも、ドラマだったら『まほろ駅前番外地』(2013年/テレビ東京系)の坂本慎太郎さん、『リバースエッジ 大川端探偵社』(2014年/テレビ東京系)の森雅樹(EGO-WRAPPIN')さん、映画だったら『バクマン。』(2015年)のサカナクション、『SCOOP!』(2016年)の川辺ヒロシさんなど、それまであまり劇伴のイメージのなかったミュージシャンを、積極的に起用されてきましたよね。
大根:そうですね。まあ、それは単に自分が音楽好きというか、その人たちが作る音楽が好きっていうのがあるんですけど(笑)。あとは、自分の作品で、いわゆる劇伴的なストリングスが鳴ったり、生のピアノが叙情的に鳴ったりするのが、あんまり好きじゃないっていうのがあるんですよね。そういう叙情とかエモーショナルみたいなものは、芝居と台詞で十分というか、音楽で言うところの「メロディ」的なものは、芝居と台詞で十分奏でられていると思うから。なので、劇中音楽はもう少し「メロディ」以外の部分、「リズム」や「ベース」を大事にしたいっていうのがあるんですよね。
ーーなるほど。
大根:で、今回『共演NG』の音楽をやってもらったKIRINJIの堀込さんも、前からずっと、絶対劇伴に向いているだろうなとは思っていて。あと、『恋の渦』(2013年)のときから、ずっと一緒に編集をやっている大関泰幸っていう男がいて、彼はもともとミュージックビデオのディレクターが本職なんですけど、音楽の趣味が僕と合うんですよね。で、作品が動き出すときは、必ず大関くんと「今回は音楽どうしようか」みたいなことを最初に相談するんですけど、今回は主演が(中井)貴一さんと(鈴木)京香さんっていうこともあって、最初はちょっと90年代のトレンディドラマ風なものを考えていたんですよね。その頃のドラマの音楽を聴いたりしていたら、何周かして結構新鮮な音に聞こえたりもしたので。で、その当時からずっとやっている大御所の方にお願いしてみようかとも思ったんですけど、やっぱり時代的にどうなんだろうっていうのがあって。題材的にも現代の話だし、また2人で話し合って……その中で、「そう言えば、KIRINJIのニューアルバム、良かったよね」みたいな話が、何となく出てきて。
ーー去年の11月にリリースされたアルバム『cherish』ですか?
大根:そうそう。で、「堀込さん、ドラマの音楽もやれそうだよね」みたいな話を大関くんとして、もう一度そのアルバムとか最近のKIRINJIの曲を聴いて、「この感じで行けそうかも」って、堀込さんの連絡先を調べて……ドラマのプロデューサーにお願いせず、自分で所属事務所の連絡先を調べて。それで、堀込さんのマネージャーがつかまったので、お願いしたい内容を伝えたところ、運良くスケジュールも空いていたので、正式にお願いした感じですね。音楽に関しては、自分で直接オファーすることにしているんです。
ーー以前から交流があったわけではないんですね。
大根:そうなんですよ。なんか知り合ってそうで、知り合ってなかった人というか。ミュージシャンの知り合いは結構多いんですけど、KIRINJIって音楽シーンの中でも、良い意味でちょっと浮いた存在じゃないですか。ただまあ、自分とは世代も近いですし、KIRINJIの音楽を聴いていると、多分80年代のAOR、スティーリー・ダンとかドナルド・フェイゲンとか、あのへんの音は多分お好きっていうか、そのあたりは自分の趣味とも近いんじゃないかと思っていて。あと、最近のKIRINJIの打ち込み系の音、エレクトロとかヒップホップのトラックへの取り組み方も、僕はすごく好意的に見ているんですよね。でもまあ、いちばんはやっぱり、最新のアルバムがすごく良かったってことですかね。改めて、あのアルバムの曲を聴いて……もちろん、そこには歌が入ってますけど、そのトラックだけを意識して聴いて、今回のドラマに合いそうだなって思ったんですよね。
ーー実際、堀込さんには、どんなオーダーを出されたのですか?
大根:もうコロナ禍ではありましたけど、撮影が始まる前に一回直接会って、今のKIRINJIのトラックがすごく良いので、「この雰囲気で劇伴をやったら、どんな感じになりますかね?」みたいな話をして。でもまあ、最初は僕も、そこまで明確にイメージしていたわけではなく、「まずは、リズムトラックを作ってみてもらえませんか?」みたいな話をしたのかな。会話劇が中心のドラマになるのはわかっていたので、その会話シーンというか、京香さんと貴一さんのバトルとか、スタッフルームでの会話とか、会話によっていろんな人の思いが錯綜するドラマになるっていうのはわかっていたので、それに合うような音楽を、と。ただ、それを「バトルのテーマ」みたいな感じにするのではなく、そこで敢えて無機質になるような感じのリズムトラックみたいなものを、BPMを変えて何パターンか作っていただけませんかっていう話をして。
ーーリズムトラックから作るって、ちょっとユニークなんじゃないですか?
大根:そうなのかな? 自分の場合は、リズムをまず決めるというか、スネアの音、キックの音、ベースの音、というヒップホップのトラックの3要素の音色をまず決めるんですよね。それと同時に、メロディじゃなくてパッドと言われるような、いわゆる白玉系と言われる和音を、まずは数パターン出してくださいと話をして。ただ、それで上がってきたものが、僕のイメージとちょっと違ったというか、まあ最初に「今のKIRINJIの雰囲気で」って言っちゃった僕が悪いんですけど、すごくオシャレな感じのものが上がってきて。あと、ミュージシャンの人って、どうしても楽曲ありきで作ってくれるんですよね。ちゃんとした曲として構成されているというか、いわゆるAメロ、Bメロ、サビみたいなものができていて。でも、劇伴って、そういう展開をしなくても大丈夫というか、もっと乱暴に言っちゃうと、単音だけでいいとか、Aメロだけでいいとか、下手すりゃ単音やフレーズだけでいいとか。で、最初にもらったものは結構曲として成立していて、しかもめちゃめちゃオシャレだったので、それをもうちょっとレベルダウンというか、もうちょっとダサくしてくださいってお願いして。まあでも、ただダサくしてくださいっていうのも何だし、そこにちょっと足枷みたいなものが必要かなって思って、そのときに多分「DX-7の音だけで作ってください」みたいなことを堀込さんに言いました。
ーー「DX-7」というのは、80年代のポップスで多用されたヤマハのシンセサイザーですよね。
大根:そう。まあ、DX-7も、今は何回転かしてアリな楽器になっていますけど、全部DX-7で作ってもらったら、堀込さんのオシャレな部分が削ぎ落とされて、ちょっとベタな感じになるんじゃないかと思って。それを言ったら、堀込さんはギョッとしていましたけど(笑)。ただ、その意図は汲んでくれたみたいで、「DX-7だけで作るのはちょっと厳しいけど、大根さんがおっしゃる自分の中のちょっとオシャレな部分を削ぎ落として、監督が言うようなちょいダサで作る方向でやってみます」って言ってくれて。そのときに、今回の方向性が、2人とも見えた感じですかね。そのあと上がってきた曲の雰囲気が、すごく良かったので。で、そこから普通の劇伴と同じようにメニューを発注したというか、コメディテーマ・1、コメディテーマ・2、会話のやりとり・1……みたいな感じでお願いしていった感じですね。
ーー堀込さんは最初、「大人のラブコメ」ということで、ヘンリー・マンシーニのようなものをイメージしていたようですが、先ほど言った「無機質な感じ」というのは、割と最初から決めていたんですか?
大根:そうですね。堀込さんのインタビュー、僕も読みましたけど(参照:Yahoo!ニュース)、そこは最初から決めていて。話の展開がすごくスピーディだし、台詞に関しても、貴一さんと京香さんの「クソ女」「ウンコ野郎」という言葉に象徴されるように、全体的に直情的なものになるとは思っていたので、それを生の楽器で煽るようなことはせず……そこで音楽まで感情的になる必要はないというか、そうするとトゥーマッチになっちゃうと思ったんですよね。だから、そこはリズムトラックをベースにしたり、話を進めるためのテンポの良い曲だったり。逆に会話の少ないシーンは、さっき言ったパッド系の和音とか、そういうのが空気として漂うような感じにしたいなっていうのは、結構最初の段階から思っていました。あと、その参考みたいな感じで、トレント・レズナーの最近のサントラを「ちょっと聴いてみてください」みたいなことは言ったかもしれないです。
ーートレント・レズナーがアッティカ・ロスと組んでやっている、デヴィッド・フィンチャー映画のサントラを。
大根:はい。やっぱり、ゼロ年代以降の世界の映画音楽の潮流を考えると、いちばんカッティングエッジなのはトレント・レズナーの音楽だと思うし、これまでやってきた作品のサントラでも、実は何度か参考にしたりしているんですよね。それくらい大きい存在だと、自分は思っていて。だから、その感じにして欲しいというのではなく、一応参考に聴いてみてくださいって感じでお伝えして。フィンチャーの映画って、音楽でことさらそのシーンの意味とか役者の感情を煽るようなことをしないじゃないですか。だけど、何かある種のトーンを作る役割を果たしているというか。
ーーそれこそ、大根監督が最初に言っていた「空気感」みたいなものを音楽で演出している感じですよね。
大根:そう。だから、直接影響は受けてないと思うんですけど、堀込さんも聴いて「なるほど」と、納得はされていました。で、そんなやりとりがあって、具体的にいくつか曲が上がってきて、またさらに足りないものを作ってもらうっていうキャッチボールを繰り返しながら、多分いちばんフックになったのが、オープニングのタイトルバックで。そこに流す曲も、堀込さんに作ってもらおうと思ったんですよね。それがある種、このドラマのメインテーマ曲になると思ったので。
ーー中井貴一さんと鈴木京香さんが激しいダンスをしているオープニングですね。
大根:そうです。プロレスのような社交ダンスをしているイメージっていうのは何となくあって。で、最初はインストでこの曲が上がってきたんですけど、オープニング映像とこの曲が合わさったところを想像して、「あ、これは歌詞があった方が“共演NG”というワードがダイレクトに伝わるな」って思ったんですよね。むしろ、そっちのほうがベタで面白いかもしれないっていう。それで堀込さんに、「この曲に歌詞をつけて、歌を入れてみませんか?」ってお願いしたんです。
ーーもともと今回は、堀込さん自身が歌う予定はなかったんですね。
大根:そうなんです。だから最初は明確な歌詞じゃなくて、スキャットとかそういうものでもいいですよって言っていたんですけど、どこかでスイッチが入ったのか、ドラマのタイトルを歌詞に入れてきて。堀込さんも「今どき、タイトルを歌うって珍しいですよね」とか言ってましたけど(笑)。でもそれがめちゃくちゃカッコ良くて。それで最終的にああいう形になったという(笑)。あ、でも、堀込さんがインタビューで言っていたような、「カッコつけてるんじゃない、もっとべたべたにダサくしてこい」みたいな乱暴な言い方はしてないですよ。「もうちょっとベタにしても大丈夫ですよ」ぐらいの感じで言ったと思うので。
ーー(笑)。「オシャレさ」と「ダサさ」の綱引きみたいなところが、ちょっと面白いですよね。
大根:まあ、堀込さんが歌えば、どんな下品な歌詞でもオシャレになるとは思っていたので。そこはある種、想定内だったというか(笑)。
ーー結果的に、さっぱりでもこってりでもない、絶妙な味わいのオープニング曲になったと思います。
大根:そうですね(笑)。その歌入りの曲が上がってきたときに、このドラマの方向性が見えたというか、音楽の方向性だけじゃなくて、ドラマ全体の方向性が見えた感じはありましたね。この曲で全体を包めばいけるぞっていう。
ーー先日放送された最終回のクライマックスでは、まさにあの曲の存在が活きてきたという。
大根:あの曲の最終回での使い方に関しては、もう最高の使い方をしたと自負していますから(笑)。「この曲は、このシーンのためにあったのか!」っていう。瞳が振り返るところから、笑顔で去っていくところまでの尺もピッタリだったし。