『程』インタビュー
塩入冬湖が明かす胸の内ーー言葉で伝えきることへのもがき 「一生続くことじゃなくて、1秒でも存在したということが大事」
「大切だと思ったことは歌にして、自分の記録として取っておきたい」
ーー今の話に出た「洗って」はとてもいい曲だなと思っていて。気になる相手が目の前にいるときに、〈愛して〉と言いたいけど、それによって〈あなたを汚してしまう〉からあえて嘘をつくという曲に捉えられて、そこから7曲の物語が始まっていくような感じがしたんですよね。
塩入:まず「洗う」という言葉が気になってた時期があって、ずっと使いたかったんですよね。というのも、親戚が精神的に病んじゃったことがあって、極度の潔癖症というか、1日8時間も手を洗っていたりとか、何時間もお風呂に入っていたりとかして、同居している家族がすごく困る状況に陥ってしまって。その話を聞いたときから、それって「自分が汚れていると思うから、家族を汚したくなくて自分を洗っている」のか、あるいは「自分が汚れているから、自分をきれいにしたくて洗っている」のか、どっちなんだろうってずっと考えてるんですよね。どっちでもあるのかもしれないし、不思議だなと思っていて。恋愛に関しても、相手に汚れないで欲しいと思うのは、自分が汚したという自負心を持って生きたくないからなのか、ただ本当に相手に汚れないでいて欲しいと思っているからなのか。私にはそれがわからないなと思ったことが経験としてあったので、それらが自分のなかでリンクした瞬間だったんですよね。なので、「洗って」という言葉を使って、そういうモチーフの曲を作りたいなと。
ーー歌にしたことで、ご自身のなかで何か新たに見えたものがあったんでしょうか。
塩入:正直わからないですね。世の中にそういう症状の方っていっぱいいると思うんですけど、きっと答えなんてわからないんですよ。どっちでもあるし、どっちでもない。ただ私としては、「これは忘れないでおきたいことだな」と思ったんです。自分が今後そういう状況になったときにどっちなのかをきちんと考えるようにしたいし、そうすることで図れるものがあるんじゃないかなと思って、記録として作りましたね。
ーーおっしゃる通りどっちもあると思うんですけど、さっきの2択でいうと前者の方って最近増えているんじゃないかと思っていて。周囲のことを考えつつ、最終的に自分だけで背負い込もうとしてしまうというか。言葉が合うかどうかわからないけど、自己犠牲することによって自己満足に陥って、解決した気になってしまっているのかもしれないですよね。
塩入:そうかもしれないです。自己犠牲って一番楽ですからね。だからこそ周りからしたらそれが一番迷惑なんですよね、きっと。みんなそれなりに自己犠牲を抱えて生きていると思うんですけど、それを人に見せるか見せないのかのところで、やっぱり状況の違いが出てくるのかなと思います。
ーーその話から上手く繋がるかわからないですけど、自分が作品を聴いて感じた二項対立が“永遠と刹那”なんです。自己犠牲や嘘というのは、「本当は長い愛を育みたいけど、刹那的な1日だけで終わらせてしまう」というモチーフの歌にも繋がっているんじゃないかと思っていて。
塩入:あぁ......「うみもにせもの」でも歌っているんですけど、一瞬幸せだけどそれ以降一緒にはいられないのか、何もないままあやふやにずっと続けていくのかってなったら、私は前者を取ると思うんです。永遠なものに関してあまり信用していない部分があるので。一瞬でも幸せであるならばその思い出を一生持っていけるな、という気持ちがすごくあります。
ーー「Time blue tiny」でも〈1秒がずっと続く美しさよ〉と歌われていますね。
塩入:はい。一生忘れられないことってないと思うんですよ。相手と毎日一緒にいたりしたら違うかもしれないですけど、終わってしまったものに対して、ずっと同じ熱量を持ち続けることはないと思っていて。経験上、徐々に忘れていくというのはわかってるんですよね。本当に消えてしまいたいと思うくらい辛くても、まぁ悲しいことに、時間が経てば忘れてしまう。幸せだった自分のことを思い続けて生きていっても、たった1秒の出来事でその気持ちがふわっと消えることもあるんです。だから永遠というものは全然信じられない。
でも、「一瞬好きだったという事実」はすごく大切なことだと思っていて。一生続くことが大切なんじゃなくて、その事実が1秒でも存在したということが大事だと思ってるんですね。それがたった1秒でふわっと消えるものだったとしても。
ーー生きていくなかで見過ごされがちな「一瞬感じたことの大切さ」を言葉で伝えていきたい感覚なんでしょうか。
塩入:そうですね。瞬間的に思い出して「すごく大切だったな」って思うこととか、自分のなかで感覚として残っているものってあると思うんです。それって運転している瞬間とか、季節の変わり目とか駅のホームでとか、何気ない瞬間に起こると思うんですけど、そういうふわっとした思い出って、すごく根強く自分のなかに残っているものだと思うんですよ。写真とか文章とか、いろんな形で思い出を取っておくものだと思うんですけど、私は日々音楽を作っているので、大切だと思ったことや発見だと思ったことは、歌にして残しておきたい。自分の記録として取っておきたいなと思うんですよね。
ーー〈写真にもニュースにも成らないけど/あなたとわたしの身体に成ればな〉(「うみもにせもの」)というのは、塩入さんのシンガーとしての想いなんでしょうか?
塩入:そうですね。すごく近い感覚です。
ーー『程』というミニアルバムを作ってみて、最初にテーマを掲げた時に思っていたことはどれくらい具現化できたような感覚ですか。
塩入:今年コロナ禍だったからといって、切なさや悲しみばかりを残したくはないと思ってたんですけど、やっぱり生活のなかで、あるいは音楽を作るということにおいて、「今年こういうことがあったから、こういう風に感じた」というのは確実にあることなので。自分の思考がいろんな道を経て辿り着いた曲たちだと思うので、2020年の塩入冬湖としての『程』への解釈はすごくいい形で具現化できたなって思います。ただ、『程』という思考は「言葉の尺度を共通認識として持ち続けることは難しい」っていうことの例え話であり、これからも私が付き合っていくであろうものなので、そういうタイトルの作品を作れたっていうのはとてもよかったと思ってますね。
■リリース情報
塩入冬湖『程』
9月23日(水)発売 ¥1,500+税
<収録曲>
1.洗って
2.SCRIPT
3.ラブレター
4.Arrow
5.残花
6.Time blue tiny
7.うみもにせもの