カニエ・ウェストが歩み始めた『God’s Country』へと続く道 新曲「Wash Us In The Blood」を歌詞・MVなどから考察

 楽曲を補完するように、MVではアメリカの「今」がコラージュされている。BLMの抗議活動で衝突する警察官と民衆、COVID-19の重症患者たち、そしてジョージ・フロイド同様、理不尽な暴力の犠牲となった黒人たちの映像がカットインされる。鎖に繋がれて海を渡った黒人奴隷の歴史を指す「鎖の波」のCGアニメーションなど、奴隷制度を暗喩する映像も印象的だ。ドローンの映像は「GPS監視を利用した受刑者の自宅監禁」への動きが噂されるアメリカの刑務所事情を指している。奴隷の足首を繋ぐ鎖は形を変え続けているのだ。ポリゴンに覆われたカニエの姿は、彼がこの現状に対して自身がどうあるべきかを模索するイメージにも見える。

 目を背けたくなる生々しい現実を前に、神への救いを求めるカニエ。 MVのアウトロには、カニエ率いるSunday Service Choirが「神と愛」を歌う映像が挿し込まれる。憎しみや葛藤の果てに「神(へ)の愛」を選ぶということ。これは偶然にもスパイク・リー監督が最新作『ザ・ファイブ・ブラッズ』で黒人視点のベトナム戦争史を描く際に選んだテーマとも符合する。「Wash Us In The Blood」には、その愛を外界へと波及させようと試行錯誤するカニエの意志を感じる。その意志の前では、彼が今年の米大統領選の出馬に間に合うのかという可否は、些末な問題だと言えるだろう。なぜなら、それも含めて、カニエの思い描く「God’s Country(神の国)」構想の前奏に他ならないのだから。

■LiT_Japan
1991年生まれ。慶應義塾大学卒。KAI-YOU Premiumを中心に米文化事情のコラム・海外インタビュー記事を執筆。映像翻訳家としても活動中。
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