藤田麻衣子、初のエッセイ『一つ言葉にすれば一つ何かが変わる』を通して感じた歌の説得力
実際にお会いするビフォー/アフターで、そのアーティストのイメージが変わるということはよくある。取材で出会う前の私の藤田麻衣子のイメージは、「美声でバラードを歌うピアノ弾き語りシンガーソングライター」という宣材写真通りのフワフワッとしたものだった。が、インタビューで藤田が詞先で曲を作る人であることを知る。そこを掘り下げて聞くと、「詞が書けるとほぼできたも同然で、曲はどっちかというと作業なんですよ」と盛っても引いてもいないとわかるスコーンとした答えが返ってきた。そのとき、「あ、この人はけっしてフワフワ系ドリーマーじゃない。言葉が発露となる音楽を奏でずにはいられないリアリストだ」とイメージはガラッと変わり、俄然興味が湧いた。そこにやってきたのが、自身初のエッセイ『一つ言葉にすれば一つ何かが変わる』。読んだら最後、もう私の中には「本気を貫くシンガーソングファイター」という言葉しか浮かばなくなった(笑)。
いや、ホントに何かが変わる。藤田麻衣子のイメージだけではなく、私自身の人生観にも一陣の爽やかな風が吹いた。ヒントをたくさんもらった。もちろん、本人には何かを教えるなどという大上段に構えた意図はなく、「曲はどっちかというと作業なんですよ」と答えたときと同様に、ただ自分の歩いてきた道を現実的な目で分析し、できるだけ過不足なく伝えようと誠実に文章と向き合っているだけだ。そこも本気。だから気持ちいい。描いた夢、そこに向かっての奮闘、葛藤、失敗、獲得、感謝……。その体験のすべてが説教くさくなく届くのは、そもそもの人柄がチアフルであるだけではなく、人に何かを伝えるときに中庸であることを恐れないからだ。彼女の歌の説得力もその中庸にある。藤田のそれは、「だいたい中を取ればいい」といった甘いものではなく、考え抜いて、削ぎ落として、これしかないというところまでギュッと何かを凝縮した中庸だ。本当の意味で言葉の遣い手。そこに感じ入りながら読み進んだ。
書かれているのは、来年CDデビュー15周年を迎えるそのキャリアのスタート前夜からの道のり。小学生で『美女と野獣』に衝撃を受け、アラン・メンケンの音楽が大好きになった藤田は、ミュージカルに憧れ、歯科衛生士の専門学校に通いながらボイストレーニングに通っていた。地元・名古屋で開催されたミュージカルのオーディションではアンサンブルの一員に選ばれたが、「その他大勢」が悔しくて、自分と同じ立場の友人に「またその話?」と呆れられるくらい悔しさを語る毎日。あふれる思いでノートもいっぱいに。ある日、藤田はそれにメロディをつける。すると、「またその話?」と言っていた友人が、「いい曲だね」と何度も聴いてくれた。それが作詞、作曲との出会いだった。
歯科衛生士の資格を取った藤田は、「オーケストラで歌いたいから東京に行くね」と20歳で上京。そして、バイトで入った歯科医院に就職。多くの人が「夢か就職か」で諦めていくが、藤田は「就職したから夢を諦める必要がない。本気なら土日で夢を追える」と、あっけらかんとした逆転の発想を遂げる。ライブ活動を始めて伴奏者探しがうまくいかなくなると、今度は「人を頼っているから苦しい。自分で弾けばいいんだ」と、未経験のピアノ弾き語りにも乗り出した。ライブのMCで「私の夢はオーケストラコンサートをすることです」と懲りもせず言っていると、知り合った未来のミュージシャンたちが、のちに藤田の十八番となるバイオリン、チェロ、ピアノで奏でるセットのためメンバーを集めてくれた。さまざまに葛藤しながらも彼らと丁寧に接し、ともに成長する姿が実に清々しい。本気は伝染していくのだ。
全国47都道府県フリーライブの末、NHKホールでのライブを成功させた藤田は、数カ月後日本武道館フリーライブを開催。その紆余曲折にはハラハラし、成し遂げた場面では思わず鳥肌が立った。結果、メジャーデビューも果たし、2017年には「夢のオーケストラコンサート」も実現。藤田の歩みは、ジョーゼフ・キャンベル説くところの物語の雛型「ヒーローズ・ジャーニー」そのものだ。つまり、『スターウォーズ』や『ロード・オブ・ザ・リング』と同じように『一つ言葉にすれば一つ何かが変わる』は、主人公・藤田麻衣子の成長の旅にずっとワクワクできる本なのだ。時折挟まるユーモラスな自虐ネタも面白く、爽快な読後感があった。
あらためて楽曲に興味が湧き、登場したすべての曲(リリースされていないものもある)をプレイリストにした。いやー、言葉がその奥にある思いと一緒に耳に届き、新鮮な感動があった。家族をはじめ藤田を応援する姿を本の中で見てきたせいか、「手紙〜愛するあなたへ〜」、「素敵なことがあなたを待っている」といったファミリーソングがより一層しみた。アラン・メンケンに憧れた意味もよくわかる気がした。「ミュージカルの台本作家という側面もある」と自ら述べているアラン・メンケンは、ストーリーをどう伝えるかを究めながら曲を書く人だ。思えば、藤田麻衣子が詞先で曲を作り始めたのも、そこに彼女自身のストーリーがあったから。当初それは独りよがりの尖った「伝えたい言葉」だったかもしれないが、夢に向かって本気で歩くうちに、余計なものを纏わない真に中庸な言葉を究めるようになり、聴く人それぞれのストーリーと重なる“みんなのうた”が生まれ始めた。喉の不調と闘いつつ書いた「wish 〜キボウ〜」が、NHK『みんなのうた』となったのは偶然ではないだろう。
「一つ言葉にすれば」とは、つまり、自分の本気を宣言すること。その本気で立ち向かえば、「一つ何かが変わる」。人生をそうやって選んで行けることを、藤田麻衣子が証明してくれている。
■藤田麻衣子 初エッセイ概要
タイトル:『一つ言葉にすれば 一つ何かが変わる』
著者:藤田麻衣子
発売:2020年6月2日(火)
定価:本体1800円+税
判型:A5判並製 160ページ
発行:株式会社 育鵬社
発売:株式会社 扶桑社
ISBN:978-4-594-08488-2
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