さユりは最も大切にしてきた“原点”を“今”に刻み、新たな一歩を踏み出すーー弾き語りアルバム『め』を聴いて

さユり、弾き語りアルバム『め』を聴いて

 騒々しい都会の真ん中、座布団にあぐらをかき、アコースティックギターをかき鳴らし歌う、一人の少女ーー。

 さユりにとって、初の弾き語りアルバム『め』を聴くと、そんな情景が脳裏に浮かんでくる。全シングル曲とアルバム人気曲を新たに弾き語りという形で収録した『め』は、原点にして今のさユりの進化が見える作品だ。

酸欠少女さユり弾き語りアルバム「め」6月3日(水)発売 歴代のポンチョを纏い座布団 にあぐらで山手線駅の路上を循環!のトレーラー映像

 弾き語りとは、さユりがデビュー以前から最も大切にしてきた“居場所”だ。2015年3月にTSUTAYA O-nestで開催された初めてのワンマンライブ『夜明けの支度』。高校を休学し福岡から上京してきた彼女は、渋谷、新宿を拠点に路上ライブを始め、初のワンマンライブのチケットも路上ライブの手売りで完売した。同年8月、デビューシングル『ミカヅキ』がリリースされる頃には、「渋谷のスクランブル交差点にあるTSUTAYA前で路上ライブをしている、“酸欠少女さユり”というシンガーソングライター」の名がたちまち話題に。当時、『ミカヅキ』発売の前日、8月25日に行われた路上ライブには、筆者もTSUTAYA前へと足を運んでいた。スタート前からさユりの周りをぐるりと囲むファンの数。白のポンチョに、黄色のアコースティックギター。「ミカヅキ」1曲にして、その路上ライブは終わってしまうことになるが、渋谷の喧騒をかき消し、彼女の歌声とアコギの音色だけが聞こえてくる感覚。あの衝撃は今でも鮮明に覚えている。

 その後は、加速していく人気と相反して、路上ライブの回数は極端に少なくなっていく。2017年、アルバム『ミカヅキの航海』発売時、新宿駅新南口改札外のSuicaペンギン広場で行った弾き語りライブには、群衆と呼べる2000人が集まり、大きな話題になったほどだ。簡単には路上ライブが出来なくなったさユり。けれど、彼女にはバンドスタイルと表裏一体となって、弾き語りが常に近くにあった。それは、デビューシングルから必ず収められている「弾き語りver.」としての楽曲、さらにどんなに会場が大きくなっていったとしてもライブの最後に、路上ライブ形式やマイクレスでアコギをかき鳴らす彼女の変わらない姿からも見て取れる。

 『め』を聴いて、改めて感じたのは、歌とアコギだけで出来た弾き語りからは、リアルな彼女の歌声と心情がよりダイレクトに伝わってくることだ。デビューから多くの編曲を担当している江口亮によるサウンドアレンジは、歪んだギターノイズが印象的。言わば、轟音の中においてもさユりの歌声は決して負けることのないことを証明している。さらに加えれば、MY FIRST STORYとのコラボシングル「レイメイ」は、Hiroとのデュエット曲。2人の声のマッチングは、逆説的にさユりのどこまでも突き抜ける地声の力強さを示していた。

 アルバムの1曲目を飾るのは、今回が初の正式音源化となる「夜明けの詩」。さユりがデビュー以前から歌ってきた出発点と言える楽曲だ。2017年、TOKYO DOME CITY HALLでのワンマンライブでもアンコールにて、マイクを通さず会場に歌声を響かせた。爪弾く弦の音色から、ギターネックを持つ手先を想像させるフィンガーノイズ、勢いよくかき鳴らすストロークを合図に、「夜明けの詩」はスタートする。どこまでも伸びていくサビ終わりのボーカル、2番終わりからDメロにかけてファルセットに入り、転調するドラマティックな構成は、原点にしてさユりの真骨頂。〈何ひとつ/うまくいかなくても登る太陽/怯えている〉〈過去に負けないで/一歩踏み出せ〉と締めくくられるラストの気迫には、思わず息を飲む。

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