tricot、SEAPOOL、リーガルリリー、羊文学……感情の機微を繊細に表現したギターバンドの最新作
表現者としての体内時計から必然的に遅いBPMが生み出されることに驚愕したのが、2月にリリースされたリーガルリリーのメジャー1stアルバム『bedtime story』だった。「リッケンバッカー」(1stミニアルバム『the Post』/2016年)に込められた、本気で物事に立ち向かわない者への痛烈な断罪は、ソングライターでギター&ボーカルのたかはしほのかの儚げな声によって、さらに強く印象付けられた。そこからEP三部作を経て、運命のメンバーと言える海(Ba)が加入してからのリーガルリリーは、ギターとベースが生み出す残響やロングトーンをさらに美しく鳴らせるようになった。My Bloody Valentineのケヴィン・シールズを想起させるギターサウンドのレイヤーが時代を超越して鳴っている「GOLD TRAIN」でのまさに想像上の列車で高速移動する体感。映画『惡の華』主題歌として書き下ろした「ハナヒカリ」のスローテンポと音数の少なさが醸し出す、大きすぎる空の元に放り出されたような怖れ。さらに、楽器そのものの鳴りの良さを生かしたコードや単音のフレージングに、自分が選んだ音への確信がにじむ堂々としたタイトルチューン「bedtime story」での、生き物の原点である海を思わせる大きなうねり。丁寧に一音一音を終わらせていく手つきは、音に魂を乗せることができる音楽家にしかできないタッチなのだ。
もう一組、オルタナ/シューゲイザーを出自に持ちつつ、より自然に歌とともにギターが鳴っている普遍的な存在が羊文学なのではないだろうか。最新EP『ざわめき』は、前作『きらめき』と連作めいたニュアンスの5曲が収録されている。『きらめき』以降、ガーリーなものへの居心地の悪さから脱却というか、女性であることをフラットに認識し、以前よりフラットにポップな楽曲を無理なく作り出している塩塚モエカ(Vo/Gt)。『ざわめき』は陽性のギターポップではないが、朝に向かって空が白々と明るくなっていくような、当たり前だけれども安堵するような明度がある。例えば、夜一人で泣くことを許される感覚を得られる「祈り」は、まさにそんな明度を持った曲だ。歌の伴奏としてのコードカッティングや、歌に付随する感情を響かせるようなビビッドな単音のフレージングはニュートラルで瑞々しい。トレモロギターが一瞬、血の気が引くような幻惑的な感覚に導くイントロを持つ「サイレン」。徐々に高揚し、テンションが上がっていく歌声の裏で基本的に通奏音のように鳴っているトレモロの音が、終盤には前向きな涙のように聴こえるのが不思議だ。感じたことを説明が足りないぐらいの言葉数でピン留めしていく塩塚の言葉や声の温度を生かす、シンプルなアンサンブルがいい。
技巧的であっても、音の響きを大切にしたシンプルな演奏であっても、心の景色や感情の機微を繊細に表現できるギターバンドが女性に多く出現してきたことは確かだと思う。今回挙げた4バンドは中でもじっくり一人で対峙できるタイプの音像。リスナー1人1人の心地よさのポイントを探り当ててみて欲しい。
■石角友香
フリーの音楽ライター、編集者。ぴあ関西版・音楽担当を経てフリーに。現在は「Qetic」「SPiCE」「Skream!」「PMC」などで執筆。音楽以外にカルチャー系やライフスタイル系の取材・執筆も行う。