推し武道、末吉9太郎……ファンのコンテンツ化はなぜ進む? “推し活”を開放的に楽しむ時代へ

“推し活”を開放的に楽しむ時代へ

 過去、アイドルオタクのパブリックイメージは最悪だったと思う。そもそもアイドルオタクといえば男性のイメージが強く、アイドル以外のことに興味がなく、自身の身なりにすら気を使わないオタク像しか存在しなかったのだ。しかし最近は、アイドルオタクに女性の割合が増え、“推し活”をファッションに取り入れて楽しむ人口が増えた。たとえば、ジャニーズのファンの間では“量産型ヲタク”といわれるガーリー系ファッションが数年前から流行しており、可愛いオタクに憧れる女の子の間では、今もかなり人気が高い。また、ファッション系メディアで“推しカラーでコーデ!”などという特集が組まれているのもよく見かけた。これらは、女性のアイドルオタクだけにある流れで、接触→認知→関係性の形成といった道を通り、推しから見られることを意識しての行動でもあるだろうが、何より純粋な楽しさが大きいのではないだろうか。推しに会えるのももちろん楽しみだが、オタ友と色違いの推しカラーの可愛い服を着て、推しの写真を持ってプリクラを撮り、SNSにあげる。そんな開放的な推し活は、オタクであることそのものを楽しむことにも確かに繋がっていると思うのだ。

 これまでのアイドルオタクというのは、「推しが好きだ」という自分の内なる感情と向き合い、推しに金を積む。そんな存在だった。しかし今は、開放的に“推し活”を楽しみ、オタクであることそのものを自己肯定できる人が増えた。それゆえ、自分たちオタクを主役としたコンテンツも、ポジティブに楽しめる人の数が増えたのではないだろうか。

ファンをコンテンツ化するということの価値

 ファンを主役にしたコンテンツとして、私は忘れられない番組がある。2015年に放送され話題を呼んだ『ザ・ノンフィクション 中年純情物語~地下アイドルに恋して~』だ。これは50代の独身男性を追いかけたドキュメンタリー番組で、リフレマッサージ店員を兼任する地下アイドルにハマり、ライブやお店に通ってお金を落とし続けるが人気が出る兆しはなく、彼女は突然卒業してしまう。男性は、彼女を推していた日々を振り返り、「夢のような世界だった」と呟き涙を零すと、アイドルオタクになる前のただの中年男性に戻る。ドキュメントということもあり、胸が締め付けられるほど切ない番組だった。これまで書いた陽寄りのコンテンツの切り口とは全く違う。しかしこれも、紛れもない現実だった。

 “いつまでも いると思うな 親と推し”。誰が言いだしたのかわからないが、ごもっともな言葉だ。先述の『推しが武道館いってくれたら死ぬ』の主人公、えりぴよの言う通り、“推しは生きていることそのものがファンサ”なのだ。だからこそ、推しを現場で応援するファンは、いつだって本気で真っすぐだ。そしてそんなファンの姿は、非オタクの心をも動かすことができる。つまり本気で推しを応援するオタクの生きざまが、コンテンツとして世に送り出す価値を生み出した。そう言っても過言ではないだろう。

■南 明歩
ヴィジュアル系を聴いて育った平成生まれのライター。埼玉県出身。

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