パソコン音楽クラブ、夜の高揚と感傷をパッケージングした『NIGHT FLOW』レビュー

 続く「Motion of sphere」は「Air Waves」と比べるとチルな雰囲気のある4つ打ちのインストナンバーだが、折り重なるアトモスフェリックなシンセサイザーの音色で思考が潜るような深い夜を感じさせる。「In the eyes of MIND」では前曲の雰囲気を受け継ぎつつよりアンビエント的な色を濃くしていく。ややスクリューされたような音像とモジュレーションはヴェイパーウェーブに近い感触で、こういった引き出しもまた彼ららしい。

 本作2曲目のイノウエワラビ参加となる「Time to renew」では、終わってしまう夜への未練と再び訪れるであろう新しい夜への期待が歌われている。Bメロにあたる部分ではラップのような歌唱も披露されているほか、いわゆるCメロが存在する、全体を通して男声コーラスが起用されているなど、どれも彼らの楽曲としては新機軸だ。「Time to renew」のアウトロから切れ間なく始まる「Swallowed by darkness」はインタールード的に挟まれるアンビエントナンバーで、来たる“夜明け”というフィナーレまでの期待を充分に盛り上げてくれる。

 アルバム最後を飾る「hikari」ではイントロで聴こえる陽性のピアノリフで否応もなく夜明けを連想させられる。パソコン音楽クラブとしては初の男性ボーカルをフィーチャーした楽曲だ。中性的で柔らかな長谷川白紙のボーカルとアンビエンスに暖かな朝日のように包み込まれる。長谷川白紙自身の活動においては特異なトラックメイキングのセンスに注目されがちだが、本作では彼がボーカリストとしても非常に高い能力を有していることを改めて実感させられた。パソコン音楽クラブは以前よりtofubeats「ふめつのこころ」のリミックス提供やライブセットではハードコア・テクノ的なアプローチは垣間見えていたが、後半で繰り出されるブレイクコアやドラムンベースを想起させるような激しいドラムの連打や手数の多いピアノは長谷川白紙とのコラボレーションによって引き出された彼らの新たなボキャブラリーのひとつかもしれない。

 前作のレトロでノスタルジックな魅力はそのままに、より洗練された音像によってさらなる深い郷愁と高揚感を生み出している。個々の楽曲はそれぞれポップチューンとして以前にも増した強度と普遍性を獲得し、バラエティ豊かでありながらコンセプチュアルにまとめることに成功している。“夜”という誰もが体験したことがある時間の、簡単には言葉にしがたいあの高揚と感傷を全9曲に見事にパッケージングした名盤の誕生に喝采を贈りたい。

■しずろう
音楽と映画とドラゴンを愛する派遣社員。
毎週の新譜チェックとドラゴン体操は欠かさない。
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