ビリー・アイリッシュ、なぜ“普段着”でステージに? 女性アーティストによる衣装の変革

一方その頃、日本では

 では日本はどうなのか。衣装以外の部分も引きで見ながら、女性アーティストの"見られかた"を振り返る。

 本邦は、浜崎あゆみに続いてヒットチャートに定着した倖田來未以降、いわゆるディーバ的なインターフェースの女性ソロアーティストがヒットチャートで覇権を握らずに来たように思う。彼女らと入れ替わるように西野カナをはじめとしたカジュアルな装いの女性ソロアーティストが強い存在感を放つようになり、今日に至っているのではないだろうか。豪奢なドレスやセクシーさを強く打ち出すような衣装は、この共感の国の等身大の時代において感情移入の障壁に他ならないのでさもありなんといったところ。

 バンドシーンにも目を向けると、90年代終盤に現れたNUMBER GIRLの田淵ひさ子やSUPERCARの古川美季(現:フルカワミキ)によって、ある意味でビリー・アイリッシュと同質の変革が起こっている。それまでは女性のバンドマンというともっとロックミュージシャン然とした装いだったのが、男性バンドマンと変わらないカジュアルな服装でステージに上がる彼女らの登場によって、その後同様のスタイリングの女性バンドマンが増える契機になったと考えられる(参照)。

 その後登場したチャットモンチーは、活動初期、侮りのニュアンスを込めた"ガールズバンド"や"ギャルバン"といった言葉を向けられることから身を守るため、ライブではスカートを穿かないと決めていたという(参照)。同様の抑圧を受けた経験のある女性バンドマンはプロアマを問わず少なくない数いると想像できる。筆者の身の回りにもいたし、もっと前の時代へ遡ると、化粧をしてステージに上がることにすら快くない言葉をかけられたことがあるという先輩女性バンドマンの話もライブハウスの繋がりの中でたびたび聞くことがあった。

 また、先日筆者がある20代前半の女性メンバーで構成されたバンドのボーカリストと会話した際に「私はガールズっていうのをちゃんと打ち出して、女の子らしいかわいいことをやって、かわいいねって思われたい」と言われたこともあった。年上の女性バンドマンたちが戦ってきた歴史を知らないのだろうし、彼女の世界観にはあまり関わりがないのかもしれない。これはこれで開放的なのか? と考えたりもしたが、虚しさはある。

 だからこそビリー・アイリッシュのような、ソーシャルイシューにコンシャスでありつつ強いファンダムを持つ世界的なスターが次の世界を指示してくれると、視界が晴れるような心地がする。それに、いずれはそういうスターを国内で自給できるようにならないと、きっと立ち行かないのだろう。

そんなこと言ってる場合じゃないんだよ

 コーチェラの中継でビリー・アイリッシュを観た一部の邦人のリアクションに筆者は心底がっかりした。「ビリー・アイリッシュ、意外と巨乳じゃん!」といった旨のツイートが少なくない数見られたからだ(検索してみるとわかる)。これ、まさにビリー・アイリッシュが過去のものにしようとしているリアクションじゃないのか。思ったとしても言わなくちゃいけないことなのか。そんなこと言ってる場合じゃないんだよ。

 ビリー・アイリッシュに限らず、開放的な感性を提供する人を指して「進んでる」「新世代」「今どき」と呼び習わして距離を取る姿勢が、こういった残念なリアクションに繋がっているように思う。「自分は追いつけないなあ」というポーズをとって感性のアップデートから一抜けを図っても何にもならない。何歳だろうが今生きている全員が現代人だ。

 ビリー・アイリッシュのやっているようなこととはまたまったく別軸だけれど、K-POPには"女が惚れる女"を意味する"ガールクラッシュ"という属性で語られる女性アイドルがいて、彼女らもまたエンパワメントとして期待できる存在。そして日本でだって、りゅうちぇるやkemioが時代を更新するような感性を発信している。もう「外国は進んでるなあ」で逃げようのない、今この国で"も"起こっている変化だ。

 ビリー・アイリッシュが提示しているものを多くの人が自分の感覚として持てるようになるまでまだまだかかるだろうけれど、彼女はまだ1stアルバムを出したばかり、キャリアの最初期だ。これからさらにどんどん影響力が大きくなり、世界のバランスをよりよいほうへ導いてくれる存在の1人になるはず。

 直近で現れるであろう変化として、今後普段着の女性ソロアーティストがぐっと増えるのではと密かに期待している。コーチェラのステージでスウェット生地を見かける機会が少しずつ増えていくかもしれない。

 彼女を見て音楽を始めた世代がデビューするのは2020〜30年代か。その頃には今回書いたようなことが古臭い過去の話になっているかもしれないと思うと、たまらなくわくわくする。

■ヒラギノ游ゴ
平成東京生まれのライター・編集者。音楽、お笑い、スニーカー、90~00年代ストリートカルチャーなどについて寄稿。

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