King Gnuは“歌”という羽根を本気で広げはじめた 『Sympa』全国ツアーファイナル公演を見て

 ステージ後方にドラムとベースが並び、上手(かみて)の井口、下手(しもて)の常田はそれぞれ向かい合うように両端を固める。いわばセンター不在のまま、半円形の中でアイコンタクトを重ねるのが彼らのやり方だ。音楽的素養というか、個々の音だけで会話ができるバンドであるのは間違いない。ただそうなると、フロントマンの華だとか歌の牽引力だとかは二の次になっていく。そもそもKing Gnuのフロントは井口なのか常田なのか、それ自体も曖昧だった。だがこの日、STUDIO COASTを掌握するフロントマンは間違いなく井口であった。偶然ではなく、きわめて意識的に。覚醒したかのように。

 決定打は配信シングル曲「白日」だ。前半の必殺ナンバーとして披露されたこの曲は、もうメロディ全部がロマンティシズムの塊だった。「どれがサビ?」と聞かれたら「全部サビ」と言い切れる。都市のカオスを表現する楽曲は今までも多かったが、欲と絶望の渦巻くTOKYOという舞台を完璧に作ったうえで、ロマンの塊が雪のように降りしきる。そういう具体的なイメージをこの曲は見せてくれる。とんがったセンス、アバンギャルドな脳味噌といった言葉が先に来なくとも、J-POPのスタンダード、もっといえば万人を酔わせる歌謡曲としての濃密なロマンがあった。そしてそれを全身で引き受ける井口がいるのだ。鬼に金棒、いや、虎に翼か。歌という羽根を本気で広げはじめたKing Gnuには、追い風しか吹いていないように見える。

(写真=小杉歩)

 バルコニーまで超満員の会場には、本当にさまざまな人種がひしめいていた。普段からライブ慣れした若者たち、バンドTシャツ着用のキッズも目につくが、いかにも音楽に一家言ありそうなマニア風男性も多数。スーツ姿で駆けつける20~30代がいて、ハイファッション誌から抜け出したモデルみたいな美女もいて、ごく普通のカップルもたくさんいた。一定の属性を持たないこの集団は、まさしく“群衆”と呼ぶにふさわしい。群衆が動いている。常田のアジテートに熱狂し、井口と共に大合唱しながら、群衆がいまKing Gnuを求めている。ヌーの王様。バンド名を改めて考えると背筋がゾクゾクした。膨れ上がる集団の大移動は、もうすでに始まっている。

 ラスト直前。井口はMCで「望んでここまで来た」と言い、それでも「ここは通過点」「もっとすごい景色を見せたい」と語っていた。なんの違和感もなく、そうなるだろうと思う。それが武道館なのかアリーナなのか、あるいは前例のない場所なのかはわからないが、King Gnuは必ずそれをやるだろう。ライブハウスで観ていられる今が、どれくらい貴重なのか。気が早いと笑われそうなことを真顔で考えてしまう2時間だった。

(写真=小杉歩)

(取材・文=石井恵梨子/メイン写真=小杉歩)

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