近田春夫インタビュー「一番の理想は、聴いているだけで警察に捕まっちゃうような音楽」
ピンポンダッシュみたいに、おちょくって逃げてもいい
ーーそれはビブラストーンの作品を聴くとよくわかります。今回、1994年に刊行されたビブラストーンの歌詞集『ヴァイブ・ライム』が復刊されましたが、歌ものとして書かれた歌詞とはまた違ったリアルさ、おもしろさがあります。
近田:そう、自分で言うのも変だけれど、読むとけっこう面白い(笑)。
ーー日本語を音に乗せていくということを考えるなかで、情報量との兼ね合いもあり、より語りに近いスタイルに至ったということですが、やはり長いプロセスがあったわけですね。
近田:そうですね。冒頭にお話ししたように、若いころから英語圏のロックにノックアウトされていて、それと同じことを日本語でやるにはどうしたらいいんだろうと。ただ日本語を乗せると違うものになるし、音響的な問題もあれば、内容の問題もある。細かい譜割りを考えていくなかでは、アクセントの問題もあって。
ーー譜割りを細かくすると、意味が取りづらくなることがある、と。
近田:そうなんですよね。1番と同じメロディで、2番に字数が合ってる言葉を入れても、意味が分かんなくなっちゃったり。それだったら、別に1番と2番でメロディが違ってもいいや、メロディ自体なくてもいいや、というふうにだんだんとなってきたんだと思うんです。
ーーそしてヒップホップのフォーマットと出会ったことで、ビブラストーンのように情報量が非常に多い歌詞が生まれたわけですね。ある意味、散文的って言っていいかもしれない。
近田:そうだと思います。
ーーここでもう一つお伺いしたいことがあります。ビブラストーンは全体としてはおっしゃるようにrebelな作品だと思いますが、同時にユーモアだったり、アイロニーだったり、近田さんのエッセイを読んでいるときと近い感覚もあります。特に「Hoo! Ei! Ho!」など、いまの社会にも通じるものですよね。
近田:そうですね。「Hoo! Ei! Ho!」は、風営法じゃなくて、麻薬だっていい。反権力というのも、「戦う」とは別のやり方があって、例えばピンポンダッシュみたいに、おちょくって逃げてもいいんだから。要するに、強いものに対してちょっとだけ嫌がらせしたい、くらいのことで。
ーーヒップホップもその後、さまざまなタイプのスタイルが生まれましたが、近田さんが提示したような複雑に視点が入り組んでいるものより、もう少しストレートな叫びに近いものが多くなったという印象もあります。
近田:むしろ、自分だけが異質なのかなという気がしますね。自分のような、自分が全部こうやって、この時代に書いていた系譜のものってないですもんね。だからたぶん自分だけが異質なんだろうなっていうぐらいにしか思わないですね。
ーー真正面から行かないというのは、60年代から70年代にかけて全共闘の顛末を見てきた近田さんの世代感覚もあるのでしょうか。
近田:いや、もうちょっと純粋にいたずらが好きなので。小学生レベルで、ちょっと先生を困らせる、みたいなことの延長線上だと思います。
ーーそれにしても、あらためて『ヴァイブ・ライム』を読みながら聴くと、ビブラストーンはサウンドもリリックも本当にすごいバンドでしたね。
近田:自分で言うのも変だけれど、そうですよね。いろんなバンドをやってきたなかで、あの大編成のグループは、やりたかったことのひとつとしてある程度は完成できたかな、という気がして。というのは、最初にハルヲフォンを始めたときも、その前はずっとディスコで箱バンをやっていて、お客さんを踊らすのが楽しかったんですよ。だから、最初のシングルはハーフの女の子がボーカルをやっていて、昔のクール・アンド・ザ・ギャングみたいな、ロック寄りのソウルバンドみたいな感じで。ロックのビートは硬直しているから、もうちょっと揺らいだ感じで、ワンシークエンスでずっとやるようなーー「FUNKYダッコNo.1」という曲がそうですけどね。結局、当時やりたかったものにまた戻ったのかなと。
ーーなるほど。90年代初頭はレア・グルーヴなどが盛り上がった時代で、そのなかでビブラストーンは思う存分できた、という面もありましたか。
近田:そうですね。それこそレア・グルーヴとか、ああいう時代の音楽に関しては、自分のなかに相当引き出しがあったから、まがい物はいくらでも作れて(笑)。
ーー(笑)。そして、ビブラストーンでずっといくかと思っていたら、近田さんはまた違うところに関心を移して。
近田:それは、歌詞を書くのが大変になっちゃったんですよ。再生産で同じようなもののクオリティーを上げていく、みたいなことはできたけど、自分が飽きてきちゃう。飽きれば情熱が薄れて、ステージでも嘘で楽しんでいるふうになってしまう。俺はそれができないから、やめちゃったんです。大所帯で給料を払うのも持ち出しになったり、大変な部分もあったし、何よりあの編成で自分がやってみたかった実験はやりきったかな、という気がして。あとは、ヒップホップのビートのなかで音を作ることは相当習得しちゃって、それより難しい、4つ打ちのダンスミュージックをもっと極めていきたいな、という気持ちになったのも大きかったかな。
ーーそれが90年代の後半以降ということですね。
近田:そう、そのなかでもハウスよりトランスの方が難しくて。ずっと音楽をやってきて、本質を習得するまでに一番時間がかかったのは、トランスでしたね。生バンドだったらどういう楽器を使っているかわかるけれど、シンセは違う。昔はYouTubeの解説動画なんてないし、とにかくCDを聴いて、どうやって作るのか考える、という時代だったので。でも、それが面白くて、5年くらい研究していましたね。
ーーそして、トランスを習得すると、また次へ?
近田:いまはもう4つ打ちに関しては、何が重要であるとか、どのポイントをクリアできればOKだということが、全部整理できているんですよ。ただ、4つ打ちはなぜか飽きない。だから、やっぱり最終的に4つ打ちなのかな、と思っていて。というか、4つ打ちより先の音楽がないんですよね。それに、ヨーロッパでもアメリカでも、アジアでもそうだけれど、4つ打ちというものの市場が大きなものとしてあって、世界のトップDJもそこでものすごく稼いでいるじゃないですか。そういう人が作っているものと、自分が作っているものを比べても、遜色がない。どこを攻めていけば世界のシーンでやっていける、というのは揺るぎなくあるので、自分もものすごく儲かるだろうと(笑)。
ーー歌ものへの再評価という部分とは別の、サウンドクリエイターとしての部分ですね。
近田:それ、なかなか両方やらないでしょう? トライアスロンじゃないけれど、ひとつの競技だけじゃなく、あれもこれもできる、という。そこで人に威張りたい、というのがあるから(笑)。歌ものもやるし、原稿も書く。
ーー(笑)。でも、本当にそうですね。週刊文春での連載(「近田春夫の考えるヒット」)もバリバリ続いています。
近田:自分で言うのもなんだけど、すごい才能があると思うんです(笑)。でも、俺が何をやってもふざけているように見えるらしくて、世間は真剣に捉えてくれない。なので、いつの日かみんなが「すみませんでした」と謝るまで、やってやろうと(笑)。資本主義社会のなかでは「どれだけ売れたか」も大きいから、その部分でもうまくいくようにしないと。何が原因かわからないけれど、まだうまくいっていないから。
ーー近田さんはいつも先を行き過ぎている、というところがあるかもしれません。
近田:それは確かにあって、昔のものがいまになってやっと評価されるという。昔は見向きもしてくれなかったような人たちが、いまだったら面白いと言ってくれるんですよね。手塚眞に作ってもらった『星くず兄弟の伝説』も、またロンドンでかかるみたいだし。こういうものも含めて、30年くらい早すぎたものが多い。でも、あとになって評価されてもあんまり商業的な成功にはならないから、リアルタイムで評価されるもの作るまで、絶対にエネルギーを落とさないぞと。一方で、追いつかれるのが嫌だから、その矛盾でいつも悩むんですけどね。
ーーなるほど、「お前らに分かってたまるか」という部分もある(笑)。
近田:そう(笑)。「おいでおいで」と言っても、絶対に俺のほうが先に逃げちゃう。だから、うんと長生きするしかないでしょうね。
(取材=神谷弘一/写真=三橋優美子)
■リリース情報
『近田春夫ベスト~世界で一番いけない男』
発売:2019年2月27日(水)
価格:¥2,778(税抜)
<収録曲>
1.プラスチック・ムーン/近田春夫&ハルヲフォン
2.ハイソサエティ/近田春夫&ビブラトーンズ
3.ああ、レディハリケーン(New Version)/近田春夫
4.ワン・シーン/近田春夫
5.超冗談だから/近田春夫
6.恋のT.P.O. /近田春夫&ハルヲフォン
7.夢見るベッドタウン/近田春夫
8.恋のシルエット/近田春夫&ビブラトーンズ
9.ロキシーの夜/近田春夫
10.星くず兄弟の伝説/近田春夫
11.ご機嫌カブリオレ/近田春夫
12.夢のしずく/近田春夫&ビブラトーンズ
13.金曜日の天使/近田春夫&ビブラトーンズ
14.ラニーニャ 情熱のエルニーニョ/近田春夫
15.シンデレラ/近田春夫&ハルヲフォン
16.世界で一番いけない男/近田春夫
17.みんなでハッピーバースデー(新曲)/活躍中
■書籍情報
『VIBE RHYME(ヴァイブ・ライム)[復刻版]』
近田春夫/著
近田春夫率いるヒップホップバンド“ビブラストーン”の歌詞集を復刻
発売中
価格:¥1,400(税抜)
B6変型判/モノクロ/120ページ
■近田春夫 リビング秘密党定例集会第一弾 議題は「音楽ばなしは何故たのしい?」
日時:5月9日(木)渋谷 リビングルームカフェ&ダイニング
open 18:30 start 19:30
料金:全席指定 ¥6,500(税込、飲食代別途)
出演:LUNASUN(近田春夫+DJ OMB) ゲスト:クリス・ペプラー
■近田春夫 トークライブ
『渋谷に結集せよ!! ビブラストーン ファン集会』
日時:6月17日(月)LOFT9 Shibuya
OPEN 18:30 / START 19:30