SHE’S『Now & Then』が意味するもの 3rdアルバムで開花したバンドの無邪気なオリジナリティ

 誰もが自由に弾ける「街角ピアノ」というものがある。どこか異国の街のそれを弾き、歌い、その場にいる人たちと笑顔になっている井上竜馬を想像してしまうーー唐突だが、SHE’Sの3rdアルバム『Now & Then』は、それぐらい開かれている。“好きなものは好き”という素直な感情を戸惑うことなく前面に出して、初めて出会う人を巻き込む力を持った強い作品になっているのだ。冒頭の喩えは、井上竜馬というソングライターにしてピアノ&ボーカリスト元来のいい意味での無邪気さが、ここにきて開花した印象を持ったからだ。

 「今、と、あの時」を意味するアルバムタイトルは、エレクトロダンスミュージックもストリングスもアンサンブルの中に消化した今と、ピアノロックバンドという結成当時のことを大まかには意味しているのだと思う。だが、「今、と、あの時」は実は1曲の中にも自然と混在している。そうでなければ、バンドの今の作品としての存在意義はないだろう。ただ、頭でっかちに混在を模索するのではなく、自然と身についたスキルや音楽的な貪欲さが、ジャンルが細分化され、音像で言えば薄味が好まれる時代を必要以上に意識することなく、メロディが牽引するSHE’Sのオリジナリティに接合した、そんな印象なのだ。

 具体的にNowとThenが曲ごとにどんなバランスやトライアルで実現しているか検証していこう。オープニングは最新シングルの「The Everglow」。マーチングドラムに導かれる出だしから、一気にバンドとストリングスがともに呼吸するようなグルーヴに突入していくするピアノロックナンバー。これまでSHE’Sが獲得してきたエレメントを何も捨てずに成立させた、初期からのイメージをアップデートした現在地だ。続く「Dance With Me」もM1「The Everglow」に続き、ストリングスにホーンも加えたダイナミックなアレンジ。ファンクをピアノポップで消化しているあたりがNowもThenも共にあることを体感させる。冒頭のこの2曲はストリングスとホーンをライブでも導入し、そのアレンジが悪い意味でのスペシャリティを感じさせなかったことと地続きだ。井上の頭の中にはそもそもストリングスもホーンも鳴っているのだろう。それを現実のものにする手際に磨きがかかった。

SHE'S - The Everglow
SHE’S - Dance With Me[MV]

 井上のメロディやピアノとともにSHE’Sの個性である服部栞汰の80年代~90年代を想起させる豪快なギターサウンド。それが生きているという点でThenの要素が強いのがM3の「Used To Be」。しかもユニークなのがコード進行はポップパンクを想起させつつ、テンポはそこまで早くないところ。ジャンル感より〈プレゼントしたギターで 不器用に でも嬉しいそうにつまびいていたっけ〉という歌詞の情景を素直に想起させるアレンジが効いている。

 分かりやすくNowを象徴するのがM4、M5だろう。Yaffleをプロデューサーに迎えた「Clock」はエレクトロニックなトラックのオルタナティブR&B的な序盤が象徴的。だが、一気にバンドサウンドが雪崩込む中盤にカタルシスがあり、いわゆるインディロックにおけるエレクトロと生音のバランスより、ヴァースごとにバランスが変化するあたりにSHE’Sの個性を発見する。続く「歓びの陽」はシングル時にも書いたが、EDM以降のポップスの世界的なトレンドと符丁するサウンドメイク(参考:SHE’S、シングル『歓びの陽』でより洗練された音楽性 進化続けるバンドの“今”のモードを分析)。だが、アルバムを通して聴くとやはり井上の書くメロディは自然発生的でプリミティブな要素が多く、そのことがこのバンド最大の持ち味であることが、エレクトロニックなサウンドで逆に際立つ。

 焚き火のはぜる音から始まる「Set a Fire」はピアノロックーー例えば今のColdplayでもこんなにリッチな音像ではないのでは? と思える。それは動と静の落差がある構成の両方を余すことなく伝えるためのサウンドメイクから感じることなのだろう。Thenの部分を洗練させた曲だ。さらにピアノで表現していた部分をアコギのフレージングに置き換えた印象のあるM7「ミッドナイトワゴン」。メンバーが車座になってアコギの伴奏とクラップで歌っているような、まさに旅するバンドの物語だ。井上のコーラスの重ねには洋楽的なムードがあるが、それも含め大人になり肩の力が抜けたNowが感じ取れる。さらに寒い国のフォークロアを思わせる笛の音色から始まる「Upside Down」は、服部の泣きのギターやプリミティブなビート、それに息を合わせるストリングスが、M1やM2とはまた違う、アコースティックなNowとThenの融合を堪能させてくれる。

 アルバムバージョンの「月は美しく」は三連のピアノリフやエモーションを爆発させるギターソロに“好きなものは好き”という思いが横溢。さらにモータウンビートといつの時代もワクワクできるレビュー音楽としての50年代ロックンロールを彼ら流に消化した「Sweet Sweet Magic」の2曲が続く。一歩間違えるとライブに華を添える楽しい曲止まりになりそうだが、そんなことを意識するまでもなく、“今、4人で演奏することが楽しい”、“楽しむことで今のSHE’Sが成立する”というようなバンドの確信が伝わってくる。「Sweet Sweet Magic」の井上のボーカルは声が笑っているぐらい楽しんでいる。演奏もほぼ一発録りに聴こえる臨場感だ。端正な表情だけがSHE’Sの魅力ではない。例えばエルトン・ジョンがいきなりピアノを弾いて歌い始めてバンドが演奏を始めたら?――いつの時代もウキウキするあの感覚。タフネスを獲得した現在ならではの表現なのではないだろうか。

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