浜田麻里が最高記録を更新し続けてきた“軌跡” デビュー35周年ベスト盤から膨らむ武道館への期待

 デビュー35周年を迎えた浜田麻里の新たなベスト盤がリリースされる。『Light For The Ages -35th Anniversary Best~Fan's Selection-』と題された40曲収録の3枚組だ。最新オリジナルアルバム『Gracia』は自身22年ぶりとなるオリコン週間アルバムチャートのトップ10(6位)を記録、そしてかねてから希望していた26年ぶりの武道館公演(4月19日)も決定。浜田ほどのキャリアがあると何をやってもそれは前人未踏の「歴史的事件」となってしまう。女性ロックシンガーの先駆のひとりとして道なき道を切り開いてきた浜田は、いまなお自己の最高記録を更新し続けている。その軌跡が今回の『Light For The Ages』なのだ。

 浜田のベスト盤はこれまで、本人が監修したものも、一切関与していないものも含めいくつもの種類が出ている。年代ごとの代表曲を彼女自身がセレクトした『INCLINATION』3作(1994年/2003年/2013年)と、シングルAB面曲を全収録した『MARI HAMADA COMPLETE SINGLE COLLECTION』(2014年)が代表的なものだろう。前者は浜田が自身を表現するのにもっとも相応しいと考えた楽曲を選び、「この曲を聞いてもらいたい」「こういう自分を見てもらいたい」という意思をもって制作したものであり、後者は、いわばドライな「記録集」だ。

 だが今回の『Light For The Ages』はそのいずれとも違う。ベスト盤制作を前提として一般に投票を募り、その集計上位の40曲を年代順に収録した「リクエスト・ベスト・アルバム」なのである。「ファン投票によるベストアルバム」と銘打った企画は他アーティストでもよくあるが、その多くはファン投票の結果そのままの選曲ではなく、しばしばアーティストサイドによる恣意的な操作が加えられていたりする。投票結果を見て全体のバランスを考えて「この曲は入れておきたい」「この曲がないとおかしい」という曲を加えたりするわけだ。だが今回のファン投票の結果を見るとわかるが、どうやら本当に集計上位の40曲をそのまま収録しているようなのだ。曲順も発表年代順のままなので、つまりそこにはアーティストサイドの意思や思いは一切反映されていない。いわば「こういう浜田麻里が最高だ」「浜田麻里はこうあってほしい」というファンの欲望や願望、念や幻想をそのまま具現化したのが『Light For The Ages』なのである。

 なので、40曲の内容はバランスというものが当然ながら全く考慮されていない。シングル盤の曲は全シングルの半分ほどしか収録されていないし、全オリジナルアルバム23枚中、一曲も選ばれていないアルバムも5枚ある。セールス的に苦戦していた時期のアルバムからも選ばれている代わり、後にB'zを結成した松本孝弘が初めて参加した『Rainbow Dream』(1985年)や、彼女にとって初の海外レコーディングとなった作品『In The Precious Age』(1987年)、中期の傑作『marigold』(2002年)といった重要作の楽曲が一切収められていない。

 楽曲のリリース年でいうと、発表した作品の数も多く(アルバム9枚、シングル10枚)、商業的にも大きな成功を収めていた80年代の楽曲が15曲と一番多いのは当然だが、なかでも1stアルバム『Lunatic Doll』から3曲も選出されているのが目立つ。これは『Tomorrow』(1991年)『Anti-Heroine』(1993年)といったセールス面でピークを迎えていた時期のアルバムと並んで多い。「麻里ちゃんはヘビーメタル。」というキャッチフレーズをもって登場した彼女のインパクトがそれだけ大きかったということだろう。LOUDNESSの故・樋口宗孝がプロデュースした「Tokio Makin'Love」や「All Night Party」「Runnaway from Yesterday」といったいかにも80年代メタルらしい楽曲は、まだ若く生硬な浜田のボーカルも含め、さすがにややノスタルジックにも響くが、ここから35年の歴史が積み重なり、最新作『Gracia』の凄まじい高みに達したのかと思うと実に、実に感慨深い。

 一方その『Gracia』に至る2010年代の楽曲も11曲も選ばれている。2010年代以降の浜田はダークでテクニカルなヘビーメタル路線に大きく傾倒してるが、作品のリリース間隔が長くなっている中でこの数字は、いかに最近の浜田麻里の活動が充実一途を辿っているか、それがファンに広く受け入れられているかという証左だ。なかでも『Mission』(2016年)から最多の3曲が収録されているのが目立つ。

 次に作家(作曲家)別にみると、浜田唯一のシングルチャート1位を記録した「Return to Myself」(1989年)を始め、80年代の大ヒットシングルの多くを手がけ、2000年代に入っても『marigold』(2002年)『Sense of Self』(2003年)『elan』(2005年)といったアルバムを、ほとんど浜田と2人だけで作り上げた大槻啓之が10曲選出と、ダントツに多い。大槻の収録楽曲は2008年のデジタルシングル「Wish」(2013年のベストアルバム『Inclination III』収録)が最新だが、2010年代以降の浜田のヘビーメタル路線のなかで台頭してきた若い作家が岸井将(岸井勝)と若井望である。特に『Legenda』(2012年)で初めて楽曲を提供した若井は、以降3枚のアルバムで計5曲が選出されるという打率の高さが際立つ。DESTINIAという自身のバンドを率いての活動も盛んで、新進気鋭のギタリストとしての評価も高い若井は、近年の浜田の指向にぴったりハマっていたと言えるだろう。また、長年浜田バンドのサポートを勤める増田隆宣(3曲)や増崎孝司(3曲)も、浜田の作品歴に欠かせぬ重要作家たちだ。

 そうして収められた40曲を通して聞くと、ハードなもの、ヘビーなもの、ポップなもの、メロウなもの、ダークなものと年代ごとにサウンド面の変遷があり、ハードなロックからバラードまで幅広いスタイルをこなすものの、浜田の伸びやかで美しいハイトーンのボーカルの気持ち良さはまったく変わらない。常々、他人の音楽を聴くことは滅多にない、外部からの影響やインスパイアで音楽の方向性が決まったりすることはないと公言する浜田にとって、音楽は純粋に内発的なモチベーションで作られるものということなのだろう。さらに、自分の卓抜したボーカリゼーションをいかに最大限に引き立たせ、聞き手に心地よく響かせるか。そのつどの時代状況や社会の風向きを感じ取りながら、蝶が脱皮するようにサウンドを変え、でもその歌は揺るぎなく確固として存在し続ける。加齢による衰えや錆びつきなどまったく感じさせないどころか、さらに研ぎ澄まされているのは、驚きを通り越して脅威と言うしかない。

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