『トキサカシマ』インタビュー

山口美央子、35年ぶりとなる4thアルバム『トキサカシマ』 松武秀樹との制作過程を語る

イメージ通りのSEを探すのが大変だった

ーー今回、楽曲のイメージを松武さんに伝えるため、絵コンテを描いて送ったとか。

山口:映像を送ったこともあります。「トキサカシマ」では、『ゲーム・オブ・スローンズ』(ジョージ・R・R・マーティン著のファンタジー小説シリーズ『氷と炎の歌』を原作としたHBOのテレビドラマシリーズ)の1分30秒のところを観てもらって、「この映像の感じを音にして欲しい」って(笑)。他にも、「峡谷を通って靄の立ち込める湖にたどり着き、靄が晴れると幻の湖が目の前に広がる感じ」という風に、ストーリーを全て絵コンテで説明しました。

山口 美央子 - トキサカシマ | Mioko Yamaguchi - Tokisakashima

 「恋はからげし夏の宵 / Ton-Ten-Syan」という曲は、井原西鶴の「八百屋お七」の物語がベースになっているのですが、そのあらすじを全部書いて送りました。「ここでヤグラに登って半鐘を鳴らしたい」とか「ここで岡引きが笛を鳴らして」とか。本当は花火も鳴らしたかったけど、それはちょっと大袈裟すぎるのでやめました(笑)。

山口 美央子 - 恋はからげし夏の宵 / Ton-Ten-Syan | Mioko Yamaguchi - Koiwa Karageshi Natunoyoi / Ton-Ten-Syan

ーーイメージ通りのSEを探すのも大変だったそうですね。

山口:そうなんです。「恋はからげし夏の宵 / Ton-Ten-Syan」の鐘一つにしても、火の見櫓の鐘ってあまりないし、しかもやかましくなく音楽の中に違和感なく溶け込ませるのも大変で……。岡引きの笛の音も、なかなか見つからなかったですね。あと、「エルフの輪」で妖精の声を入れたかったんですけど、これも苦労しましたね。「妖精の笑い声を作って欲しい」という私の無茶なリクエストに、松武さんが真摯に対応してくれて。たくさんパターンを考えてくれたのですが、「なんかイメージが違う」となって(笑)。そこから「妖精の声ってなんだろう?」という話にもなりましたね。

松武:存在していない音だからね、「宇宙の音」と同じくらいあり得ない。ほら、宇宙なんて無音なのにシンセでスペーシーなサウンドってあるじゃないですか(笑)。「妖精の声」もそれと同じ。色々考えたけど、どれもピンとこなくて。最終的に山口さんに何か喋ってもらい、ピッチを変化させた後にディレイをかけているのが完成形ですね。

山口:言葉ではなかなか通じにくいんですよね。この曲の最後の「鍵の音」も、見解の違いが色々あった。松武さんは最初、ドアの「ガチャ」っていう鍵音を作ってくれたんですが、私の考えている音は、円形の扉が閉じる音だったんですよ。

松武:閉じ込められる恐怖感みたいな。

山口:そう、『サスペリア』みたいな怖い。それも試してみたんですけど、そしたら恐ろし過ぎちゃって。

ーーはははは!

山口:手錠をロックする音も試してみたけど、それも違う。納得する音を見つけるまで大変でした。見解の相違は結構、他にもありましたよね。「水の音」にしても、私はパシャっていう水面を弾く音をイメージしたんだけど、松武さんは水滴が落ちる音をイメージしていたり。

松武:これ、バッチリじゃん!って思ったら「違う」って言われました(笑)。水の音一つにしても、こんなに見解が違ってくるものだなと。初心に帰った気持ちでしたね。結局これは本人が洗面器に水を張り、その表面を叩いた音をサンプリングしました。

ーー音作りの際、絵コンテを持ち込むアーティストって山口さん以外にいました?

松武:絵コンテというのはあまりないですけど、大滝詠一さんも絵を描いて「こんな感じだ」って言う人でした。YMOもあったかな。その方が音作りもしやすい。中には「トタン屋根に硫酸を落としてジュージュー溶ける音を作って欲しい」ということを言う人もいましたけどね。誰だったかは内緒です(笑)。

ーー(笑)。以前から山口さんのアルバムには和の要素がミックスされていて。今作でも「恋はからげし夏の宵 / Ton-Ten-Syan」が、とてもいいコントラストになっていますよね。

山口:和のテイストは、「お祭り」(『夢飛行』)や「さても天晴、夢桜」(『月姫』)でもやっていて、ファンの方にも好評だったんですね。なので今回は、もう1曲和にチャレンジしてみようと思い作りました。「ジャパネスク三部作」ですね(笑)。もともと「八百屋お七」は好きな物語で、情景も作りやすかった。三味線の音も、松武さんがいい感じにブラッシュアップしてくれて嬉しかったです。

 メロディに関しては、今回は「ヨナ抜き音階」を使ってみました。以前はあまり使いたくなかったんですよ。日本だと演歌みたいになってしまうので。80年代はそこを避けていたんですけど、今回はちょっと使ってみてもいいかなと。あまり演歌っぽくならない自信はありました。

ーーボーカルレコーディングもスムーズに出来ました?

山口:歌うのは本当に久しぶりだったのですが、意外と歌えましたね。特に練習もしなかったんですけど、それが良かったのかも。きっとうまい人は、レベルを保つためにも日々歌い込んでいるんでしょうけど。私のボーカルスタイルは、そんな感じではないし。こういう声質だからこそ出来たともいえますね。

松武:楽曲はもちろん、歌声も全く変わってなくてびっくりしました。望んでいた通り。アレンジを本人に任せたのがいい方に転んだ気がしますね。まあ、本人は大変だっただろうけど。

ーー作り終えてみて、今はどんな心境ですか?

山口:とっても満足しています。自分の好きな世界を思う存分描き切ったので。特にアレンジと歌詞は持てる力の全てを注ぎ込んだので、やりきった感はすごくあります。

今回は全て自分の責任で入れた音。「絶対に失敗したくない」と細部にわたり考え抜きました。それに加えて、信頼している松武さんはじめ、スタッフの人たちの助言やブラッシュアップのおかげでより良いものになったと思います。本当に感謝しているし幸せです。120パーセント好きなアルバムですね。

ーー今後、作っていく予定は?

松武:どうですか?

山口:はい。やっぱり作ることは好きなので、それが形になって世に出るかは別として、「自分の作品」は作り続けたいですね。ゴッホみたいに永遠に描き続ける、という。出来たら少しずつライブ的なこともやっていきたいですしね。

松武:最後の曲が「精霊の森 Prologue」になっているじゃないですか。エピローグではなくプロローグなんです。つまり、ここからまた何かが始まるということ。「精霊の森」の次は、何処へいくのか……。山口美央子の今後の展開に期待して欲しいですね。


(取材・文=黒田隆憲/写真=はぎひさこ)

■リリース情報
山口美央子『トキサカシマ』
¥2,700 税込
<Tracklist>
01. 精霊の森
02. トキサカシマ
03. 恋はからげし夏の宵 / Ton-Ten-Syan
04. 異国蝶々
05. エルフの輪
06. 妖の花
07. 幸せの粒
08. 精霊の森 Prologue
09. 東京 Lover(Single Version / 1981) *CDパッケージ限定

山口 美央子 / 夢飛行
¥2,700 税込
<収録楽曲>
01. アラビアン・ラプソディー
02. 東京LOVER
03. 陽だまりの中で
04. A DREAM OF Eμ
05. お祭り
06. いつかゆられて遠い国
07. A DREAM OF MIO
08. 夢飛行
09. ある夜の出来事
10. 恋のエア プレイ
11. ワルツ(流舞)
12. パラダイス

山口 美央子『NIRVANA』
¥2,700 税込
<収録楽曲>
01. いつも宝物
02. コードCの気分
03. チャンキー・ツアー
04. Lonely Dreamer
05. 可愛い女と呼ばないで
06. Nirvana(ニルヴァーナ)
07. Telephone Game
08. 風に抱かれて
09. 秋波

山口 美央子『月姫』
¥2,700 税込
<収録楽曲>
01. 夕顔 ―あはれ―
02. 夏
03. 沈みゆく
04. 鏡
05. 白昼夢
06. 月姫 ―Moon Light Princess―
07. さても天晴 夢桜
08. 恋は春感

山口美央子公式サイト
LOGIC STORE / for customers in Japan(国内版)

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