『未明の君と薄明の魔法』インタビュー
やなぎなぎが明かす、“ストーリー仕立て”で表現した『色づく世界の明日から』ED曲ができるまで
やなぎなぎが10月31日、シングル『未明の君と薄明の魔法』をリリースした。同作はTVアニメ『色づく世界の明日から』(MBS・TBSほか)のエンディングテーマであり、同アニメは彼女も音楽面で携わった名作『凪のあすから』のスタッフによるものだ。
リアルサウンドでは今回、やなぎなぎにインタビューを行い、約1年ぶりに自身で手がけた表題曲の制作背景や、PlayStation(R)4の新作アクションRPG『CRYSTAR -クライスタ-』に提供したカップリング2曲、直前に控えたコンセプチュアルライブ『color palette 〜2018 Black〜』について、じっくりと話を聞いた。(編集部)
「ストーリー仕立てになったのはいつもと違う部分」
ーー今回のニューシングル『未明の君と薄明の魔法』は、やなぎさんみずから作詞/作曲を手掛けています。ご自身でシングル表題曲を作曲するのは珍しいですよね?
やなぎなぎ:そうなんですよ。今までは「砂糖玉の月」(2017年)以外、どなたかに書いていただいてたので。今回の楽曲は『色づく世界の明日から』というアニメのエンディングテーマなんですが、その作品は私が以前にタイアップでご一緒させていただいた『凪のあすから』という作品と同じチームの方々が制作されてるんです(やなぎは同アニメのエンディングテーマとして「アクアテラリウム」「三つ葉の結びめ」の2曲を提供)。その縁もあって今回、「『凪のあすから』でご一緒した時と同じイメージでお願いしたいです」と楽曲のリクエストをいただきまして、私自身もその時にどういったものを求められているのかが何となく見えたので、まずは自分で作ってみようと思ったんです。
ーーやなぎさんは以前の取材で、〈シンガーソングライター的な視点〉と〈プロデューサーの視点〉の両方を持つように意識している、とおっしゃっていましたが、今回はどちらの気持ちが強かったのでしょうか?
やなぎ:どちらもあるかもしれないですね。お話をいただいた時点で客観的に見て「自分が書いたほうがいいかも」と思ったこともありますし、そこからシナリオや絵コンテを見せていただいた際に「こういう曲を書いてみたい」という欲もどんどん出てきましたし。
ーー作品のシナリオや資料をご覧になった時の印象はいかがでしたか?
やなぎ:ビジュアル的には学園ものという雰囲気なんですけど、物語的にはものすごくファンタジーな作品だと思いました。まず、主人公の女の子(月白瞳美)が魔法で60年前の過去に行って自分のおばあちゃん(月白琥珀)と対面してしまうという設定がすごい発想ですよね(笑)。その「ありそうだけど、実はなかったかも?」という世界観に惹かれましたし、私はファンタジーな作品が好きなので、シナリオも夢中で読ませていただきました。
ーー作品の世界観を知ったうえで、今回はどのような楽曲を作ろうと思ったのでしょうか。
やなぎ:最初に『色づく世界の明日から』のお話に触れた時に、自分が昔に読んだ『流星ワゴン』という重松清さんの小説を思い出したんです。その作品も主人公の会社員が過去に戻るお話なんですけど、そこでは過去の出来事に対して何も干渉はできなくて、ただ見ることしかできないんですよ。そういう意味で『色づく〜』とは少し違う設定なんですけど、通じるところはあると思いましたし、「もし過去に行っても何もできなかったら、そこにどんな意味があるんだろう?」ということを考えたりもして。私はもしこの作品の主人公の女の子が過去に戻って、何も得るものがないまま元の時代に戻ったとしても、過去で自分のことをいろいろ見直す機会があるんじゃないかと思うんです。だから実際に過去で何かが出来たわけではなくても、変わっていけるのではないだろうか、という気持ちを膨らませて、歌詞を書いていきました。
ーーもし、やなぎさんが「過去に戻ったけど、ただ見ることしかできない」という状況に置かれたら、どうすると思いますか。
やなぎ:どうするんでしょうね? 何もできない過去を見るのは結構苦しいことだと思うんですよ。ただ、自分の姿を客観的に見ることなんてあまりないので、小さいことから大きなことまで、気づくことがたくさんあるとは思うんです。「あの時に自分はどういう表情をしてたんだろう?」と思う瞬間を実際に見てみたらハッとする部分もあるんじゃないかと思いますし。
ーーそういうお気持ちは今回の歌詞の中にも反映されていたり?
やなぎ:変えられない過去を見る辛さから、「じゃあ自分はどうしたらいいんだろう?」って気づくまでを書いてるんですよ。私は普段、歌詞の中で物語を展開するのではなくて、抽象的に完結させて聴き手に考えさせるような書き方が多いんですけど、今回は過去に行った人が何かを見て戻ってきた時に、「未来はここから変えていける」という決意みたいなものを抱くまでのストーリーが曲の中に入り込んでるんです。それはシナリオを読んだ時に『流星ワゴン』のことがパッと思い浮かんで、こういうお話を書きたいと思ったこともありますし、変わらないものを見せられても、そこから気づけることはある、ということをちゃんと見せたかったというのもありますし。ストーリー仕立てになったのはいつもと違う部分でしたね。
ーーたしかに1番の歌詞は〈坂道を登った先に待つ 特別な景色を〉だったところが、2番は〈坂道を登った先のあの 景色は変わり果て〉になっていたりと、曲の進行と共に時間の経過を感じさせる歌詞です。アニメの舞台が長崎ということで、〈坂道〉というフレーズに作品とのリンクを感じさせますし。
やなぎ:主人公のおばあちゃんがやってるお店も坂道の上にある設定だったので、〈坂道〉という言葉を印象的に使おうと思ったんです。それと〈特別な景色を指で切りとった君〉という部分は、作品に出てくる男の子(葵唯翔)が絵を描くので、景色を指で切り取って構図を考えてるイメージを入れたりもしてまして。
ーー〈モノトーン溜まり〉といった言葉からは、主人公の月白瞳美が色覚を失ってる設定とのつながりも伺えます。
やなぎ:もちろん物語のキャラクターからヒントはもらっていますけど、特定の誰かのことを書いたわけではなくて。例えば、実際に色は見えてるはずなんですけど、気持ちがズーンと落ち込んで世界があまりカラフルに見えなくなることって、誰にでもあると思うんです。そこからいろいろ経験して、ふと朝焼けを見たらすごくキレイだった、みたいな瞬間をこの曲で書けたらと思って。
ーーサウンド面で『色づく世界の明日から』からインスパイアを受けた部分はありますか?
やなぎ:『色づく世界の明日から』はファンタジーな要素が強いので、登場人物はあたたかい人ばかりですし、全体的にやさしいお話なんですよ。作品のそういう人間的なところに寄り添えるように、音もあたたかくしたいなあと思いながら作りました。
ーー編曲は保刈久明さんが担当されてますね。
やなぎ:この曲は、作り始めた時からサウンドは保刈さんにお願いしたいと思ってたんです。過去にご一緒した楽曲の印象もありますけど、保刈さんの音はすごくやさしいんですよね。曲の基本の形は私が作ったんですけど、そこから保刈さんの特色であるギターをふんだんに使っていただけるようにお願いして、ベースも最初からフレットレス・ベースのイメージがあったので(渡辺)等さんに弾いていただいたり。私のデモはリバースの音を入れて〈過去への巻き戻し〉を表現していたんですけど、そのことを保刈さんにお伝えしたら、デモに入ってる音をブラッシュアップしてたくさん入れてくださって。私はただの保刈さんのファンなので(笑)、「保刈さんであればきっとこうしてくれる」というイメージのもと作っていただきました。
ーーAメロ、Bメロではゆったりしていますが、サビに入るとバンドサウンドとストリングスが主体になって、一気に高まりが生まれる展開になっています。
やなぎ:そこも保刈さんにお任せしたところで、平歌とサビで差をつけて区別したかったので、「サビに入るまでは打ち込み中心でリズムを固めに、そこからサビに入るとバッと自分の世界に入るような音になるとうれしいです」とお伝えして。歌詞では〈モノトーン溜まり〉とかあまり色を感じさせない表現をしてますけど、サウンド面では固い音と広がった音で色づく差が出たと思いますし、すごく気に入っています。
ーーDメロの直前にアンビエントな雰囲気になって、遠くから聴こえてくるような歌声が挿入される部分も印象的でした。
やなぎ:この曲は展開的にはシンプルでスッと流れる感じなんですけど、そのなかでひとつ、聴いていて引っかかりを覚えるようなところを作りたいと思いまして。その部分では、過去の歌をリフレインさせたり巻き戻し風の効果を加えてるんですけど、そうすることで曲のその部分までが〈自分が戻っていた過去〉、そこから先は〈元の時代〉に戻ってパッと目覚めたような印象になるよう意識しました。
ーー「未明の君と薄明の魔法」という独特のタイトルには、どんな意味を込めたのでしょうか?
やなぎ:ちょっと長いタイトルになっちゃいまして……私は今のところ「未明」と呼んでますけど、なんて略せばいいのかわからないですよね(笑)。〈昔と今〉を意味する言葉をタイトルにつけようと思っていろいろ考えたんですよ。例えば〈夜明けと朝焼け〉とかも考えたんですけど、〈朝焼け〉は歌詞の中で使ってしまったなあと思って。それで〈未明と薄明〉であれば、〈明ける前〉と〈明けてきた後〉で対照的だし韻もキレイだなと思って、これを〈昔と今〉という意味に置き換えて使おうと思ったんです。
ーー『色づく世界の明日から』という作品にしっかりと寄り添った内容の楽曲になりましたね。
やなぎ:エンディングテーマは物語の終わりにほぼ流れてくるものなので、いつもどの程度のバランスで自分の歌を前に出せばいいか悩むところではあるんです。でも、今回は音自体もやさしくて広がりがあるので、曲の序盤の固いリズムのところでは物語が終わった後の余韻を楽しんでいただいて、サビのバーンと開けるところでハッとなって楽しんでくれたらいいなあと思います。