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BABYMETAL、YUIMETAL脱退後の行方は? グループの“アイドル性”担った功績を振り返る

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 いつまでも少女じゃいられない。

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 1990年代のJポップに「夢見る少女じゃいられない」というヒット曲があったけれど、10月19日にYUIMETALがBABYMETALから脱退すると正式発表された際、ふとそう思ったのだった。

 昨年12月に体調不良が理由で彼女がユニットの活動から離脱して以降、BABYMETALは、SU-METALとMOAMETALの2人にダンサーを加えた形でライブを続けてきた。また、彼女たちのメイクは濃くなり、衣裳もゴス色をいっそう強めたより黒っぽいデザインになった。2人ともまだ若いけれど、ビジュアルイメージがかなり変化し、大人っぽくなった。

 ユニットへのYUIMETAL復帰が消えたことで、この路線はさらに強化されるのだろう。というか、仮にYUIMETALが在籍したままでも、変化は避けられなかったはず。メンバー全員が10代前半だった頃に結成されたBABYMETALは、ヘビーメタルを演じるにしては幼いというミスマッチ感の面白さから出発した。だが、ライブ経験を積み、SU-METALの歌唱力やYUIMETAL&MOAMETALのパフォーマンス力が向上し、海外進出も果たす過程で当然、年齢は上昇していった。次の展開を考えるべき時期と、YUIMETALの脱退決断が重なった。そんな風にみえる。

 今回は、YUIMETALのいた時代のこのユニットをもう一度ふり返ってみたい。

 BABYMETALは、アイドルグループ・さくら学院の重音部として2010年に結成された。3人は後にさくら学院を卒業してBABYMETALに専念するようになり、国内で人気を獲得するだけでなく各国でライブを行い海外での知名度も高まった。彼女たちが注目された理由が、アイドルとメタルの融合というコンセプトであったことは間違いない。

 過去にもアイドルがハードロックやヘビーメタルの要素をとりいれた例はあったが、BABYMETALのやりかたは徹底していた。最初のシングル曲「ド・キ・ド・キ☆モーニング」は、タイトルからも想像できるようなアイドルポップス的なボキャブラリーの詞とメロディの曲だった。それが重いギターリフやバスドラムの連打で彩られ、メタルのアレンジになっていたのである。あまりにも強引な融合ぶりで興味を引くサウンドだった。以後もこのユニットは、アイドル+メタルの発想に基づき、あの手この手の融合を実践する。

 BABYMETALは、SU-METALの伸びやかな歌声と、YUIMETAL&MOAMETALのScreamと呼ばれる合いの手&ダンスの組み合わせからできていた。「ド・キ・ド・キ☆モーニング」やその続編的な「ウ・キ・ウ・キ★ミッドナイト」などは、アイドル的な曲をメタルにアレンジするパターンだったが、3人の役割分担を確立したのは「ヘドバンギャー!!」、「イジメ、ダメ、ゼッタイ」といった楽曲だろう。ドラマチックなシチュエーションを歌うSU-METALにYUIMETAL&MOAMETALがコミカルに感じられる合いの手を入れる。前者のメタルサウンドに埋もれない力強い歌声の凛々しさ、健気さと、後者コンビのアイドルらしい可愛らしさと無邪気さの合体である。

      

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