『Millennials -We Will Classic You-』インタビュー

Aoi Mizunoが語る、“クラシカルDJ”の存在意義 「スピーカーでクラシックを聴く文化を広めたい」

 ミレニアル世代の指揮者であり、クラシカルDJのAoi Mizunoが、クラシックレーベル<ドイツ・グラモフォン>史上初となるオフィシャルミックス『Millennials -We Will Classic You-』をリリースした。音楽の都ザルツブルクでカラヤンの後輩としてクラシック音楽の真髄を学ぶかたわら、東京で「クラシックの入り口の人間」として、形に囚われない新しいクラシックの楽しみ方を提案する活動をしているAoi Mizunoは、なぜクラシックをDJミックスしようと考えたのか。その発想の源から、オリジナリティ溢れるミックスの手法、クラシックの指揮とDJプレイの共通点やその可能性についてまで、幅広く話を聞いた。(編集部)

スピーカーでクラシックを聴く文化

ーー『Millennials -We Will Classic You-』は、誰もが耳にしたことがあるようなクラシックの名曲をDJミックスした、これまでにない作品です。クラシック作品としてはもちろん、DJカルチャーの視点から見ても非常に新鮮で興味深い作品だと感じました。そもそも、なぜこのような試みを?

Aoi Mizuno:オーストリアのザルツブルクに留学して数年が経った頃、ときどき日本に帰ってきてコンサートやイベントを開催していたのですが、その中の一つに『東京ピアノ爆団』という僕とピアニスト3人でやっているイベントがあって、それはコンサートホールではなく、ライブハウスなどで行うものだったんです。クラシックはコンサートホールで聴くもの、というイメージがありますが、それはクラシックが生まれた当時はスピーカーがなかったために空間全体を響かせないと大勢の人々に音楽を聴かせることができなかったからであり、PA技術がこれほど発展した現代であれば、それらを利用することで新しいクラシック体験が提供できるとの発想から作り上げたイベントでした。そのイベントの中で、自分は指揮者として何をしようと考えたときに、オーケストラ全体の音を司るという意味で、DJをしてみるのも面白いのではないかと始めたのがきっかけです。

ーー始めてプレイした時に、手応えはありましたか?

Aoi Mizuno:ありましたね。いわゆるクラブDJは、楽曲同士のビートをシンクロさせて繋いでいくのが一般的なやり方ですが、クラシックの場合は反復するビートというのはなくて、BPMも揺らぐのが普通です。では、どうやって楽曲同士を繋いでいこうかと考えた末に、ハーモニーやコードを合わせてミックスするという発想に行きつきました。楽譜を読んで、「この曲のこの部分で次の曲に自然に繋げるな」と、ミックスのポイントを探していくというやり方で、最初はスイッチングだけで繋いでいたのですが、やっていくうちにすごく応用の効く手法だということに気付いて、これは一度、作品に昇華してみようと思い、今回のアルバム制作に至りました。

ーーDJミックスの手法としても斬新ですね。アルバムではエフェクトも効果的に使われていましたが、機材は何を使っているのですか?

Aoi Mizuno:アルバム制作に当たって機材を変えたのですけれど、今はTRAKTOR専用の『TRAKTOR KONTROL S4』というPCDJのコントローラーを使用しています。4チャンネルが自在に使えるところがポイントで、2チャンネルだと仕込みが間に合わなくてできなかったようなミックスもできるようになりました。エフェクトも種類が豊富で、かなり役立っています。TRAKTORでミックスしてレコーディングした音源を、DAWソフトに落として、そこで細かいエフェクトやレベル調整を行いました。クラシックは、生で聴くことを前提としている音楽なので、スピーカーやイヤフォンで聴くとレベルが適切ではない部分があります。ピアニッシモを聴き取れる音量にすると、フォルテッシモの部分が出過ぎたり、逆にフォルテッシモで聴きやすい音量にすると、ピアニッシモが全く聴こえなかったりする。そこを不自然にならない程度にフラットに調整していくのも、クラシックDJの腕の見せどころなのかなと。

ーーたしかに、このアルバムはイヤフォンで聴いていても鳴りが良くて、街を歩きながらでも快適に楽しめました。クラシックはこんなに刺激的で面白い音楽なんだと、改めてその魅力に気づくことができたのも大きいです。

Aoi Mizuno:クラシックはもちろん生音で聴くのが醍醐味で、僕にとってもそれはかけがえのない価値のあるものですが、スピーカーやイヤフォンでカジュアルに聴く文化だって、もっと発展しても良いと思うんです。なぜなら、スピーカーでクラシックを聴くことが一般的になったからといって、コンサートホールで聴く生音のクラシックが廃れるということは絶対にありえないですし、むしろもっと身近にクラシックを感じてもらえるという意味で、クラシックの愛好者が増えるはずだからです。今回、収録している<ドイツ・グラモフォン>の音源は、歴史的な価値のある作品ばかりで、それを爆音で浴びるというのは、新しいクラシックの楽しみ方にも繋がると思います。こうした作品であれば、立ち上がって音に身を委ねながら聴いても良いですし、仰るように街中で歩きながら聴いても良い。日常の中で自由に楽しんでいただいて、多くの方にクラシックの音楽的な面白さや格好良さを発見していただけたら、すごく嬉しいですね。

アルバム全体でもストーリーを描く

ーーアルバムには全部で7つのトラックが収録されています。それぞれ複数の楽曲をミックスしたもので、Mizunoさん自身によるタイトルが付けられています。各トラックのコンセプトや狙いを教えてください。

Aoi Mizuno:僕自身、コンセプトアルバムというものが大好きなので、まずは全体を通して一つのストーリーラインだったり、しっかりとした柱がある作品にしたいと考えました。1曲目と2曲目は、「クラシックDJというのはこういう感じだよ」と、僕のやっていることを紹介するオープニングのようなイメージで、冒頭の「ノット・ソー・ロング・タイム・アゴー」は、クラシックは決して大昔の古びた音楽ではなく、今なお楽しめるものなんだというメッセージを込めています。また、曲の最後には拍手のSEと、ドアを開けてコンサートホールの外に出る音を入れています。これは、コンサートホールの外でもクラシックを聴こうという、本作のコンセプトを表現した演出です。また、2曲目の「ザ・レイテスト・ロマンティックス」は、タイトル通り後期ロマン派と呼ばれる19世紀末から20世紀初頭の音楽をメインにしたミックスで、一番最初にデモとして制作したものです。映画『2001年宇宙の旅』で有名な「ツァラトゥストラはかく語りき」から始まるミックスで、友人や知人からは一番人気があります。

ーー知っている楽曲が、ミックスによって印象が変わるのも面白いポイントでした。選曲はどんな風に行ったのでしょう?

Aoi Mizuno:3曲目からは、楽曲を自分なりに解釈して、その組み合わせでストーリーを描くことを特に意識しています。「レザレクション…?」は、グスタフ・マーラーの交響曲第2番「復活」をベースに組んでいて、この曲の最後の合唱では死というものといかに戦うかが、力強くポジティブな言葉で歌われています。ところが、楽曲が一番盛り上がる箇所で「私は復活するために死ぬ」と歌っていて、結局死んでしまうのかと、子どもの頃から不思議に思っていたんですね。そのため、タイトルに「?」を付けることで、楽曲の不確定的で曖昧な部分を強調して、さらにベルリオーズの幻想交響曲の4楽章「断頭台への行進」のような、死に向かう音楽を繋ぐことによって、「復活するために死ぬ」ということの意味をより具体的に問いかけるような内容にしました。原曲から離れた解釈を持たせるというわけではなく、楽曲同士に共通するコンセプトを抽出して、そこからまた新たな意味を見出すイメージです。続く4曲目「ダンス・パーティ・イン・ザ・ヘル」では、ベルリオーズの幻想交響曲の5楽章「魔女の夜宴の夢」をベースに、地獄の不気味さを表現しています。各トラックだけではなく、アルバム全体でも大きな一つのストーリーラインを描いていますね。

ーー緊張感のある展開が続いた後の5曲目「フォーギヴネス」からは、また雰囲気が変わりますね。

Aoi Mizuno:「フォーギヴネス」はその名の通り「赦し」を表現していて、僕が描いたストーリーの中では、赦されて地獄から解放されるシーンです。トーマス・マンの小説を原作にした映画『ベニスに死す』で印象的に使われている、マーラーの交響曲第5番「アダージェット」を軸としたミックスで、映画のイメージとも重ねながら作っていきました。そして6曲目では、おそらくほとんどの人が遺伝子レベルで知っているであろう、ベートーヴェンの交響曲第9番を使っているので、「メロディ・ウィズ・ユア・ディーエヌエー」というタイトルにしました。ようやく本当に復活して、歓喜に包まれるイメージで、ここまでが本編のストーリーという感じです。

ーーでは、最後の「リーチ・アウト・トゥ・ユニヴァース」は、エンドロールのようなイメージで?

Aoi Mizuno:そうですね。コンサートホールを出るところからスタートして、最後はまったく違う世界にまで行ってしまう感じなんですけれど、良い映画を観た後のような余韻に浸っていただきたいなというイメージで作りました。

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