荏開津広『東京/ブロンクス/HIPHOP』第12回

荏開津広『東京/ブロンクス/HIPHOP』第12回:ポップ音楽の主体の転倒とディスコの脱中心化

 連載『東京/ブロンクス/HIPHOP』、しばらく間が空いてしまいました。これまでヒップホップ以前のポップ音楽とは何か? それはヒップホップとどう異なるのか? を書いてきたつもりです。今回で、そうしたヒップホップ前史は終わり、次回からは日本でのヒップホップの開拓者たち、DJ、ラッパー、そしてパーティのフロアで“ムーヴ”を始めたブレイクダンサーたちの姿に触れていくつもりです。続けて読んでいただけたらとても嬉しいです。

『ブギーナイツ』が描いた快楽の世界

『ブギーナイツ』(ワーナー・ホーム・ビデオ)

 1997年の映画『ブギーナイツ』は、1977年のサンフェルナンド・バレーの夜から幕を開け、The Emotionsの「Best Of My Love」と共にカメラが観客を導く。心地よく乾いた町の空気のなか、自動車のボディとネオンの輝きが交錯する道路に沿って滑っていき、たどり着くのはディスコである。

 自分の店のディスコでモーリスがポルノ映画監督のジャックを見つけて「ジャック、ジャッキー・ジャック、ジャッキー・ジャック……ジャック……」と意味なく感極まったように、ディスコの人々もポルノ産業の人々も感覚的な内実に正直に生き、その感情を優先する。しかし、監督であるポール・トーマス・アンダーソンの意図においても、現実のディスコ空間においても、そこにはヒエラルキーがある。映画で後に私たちが立ち会うように、ディスコで仕事の打ち合わせが行われることもあれば、職探しさえもある。その中心にあるのは、ダンスだけでなく性に食にーーディスコはギリシア悲劇『バッコスの信女』の原型とさして変わらないような、快楽を欲する人々が作り上げたひとつの世界として描かれる。

 1970年代半ばから1980年代初頭にかけてのポルノ映画産業に繋がり、右往左往する人々の姿を描いたのが『ブギーナイツ』だが、実際の当時の爆発的な流行としてディスコがあった。今回はなぜディスコの流行が終わったかを記す。

アイザック・ヘイズの方法論

 『殺しの分け前/ポイント・ブランク』(1967年)や『華やかな情事』(1968年)といった犯罪映画やメロドラマの枠組みのなかで、映画の根本的な構造に孕まれる主題が見直されスクリーンに映し出されたように、1960年代のカウンターカルチャーの時代には、ダンスミュージックの分野でポップ音楽の構造全体を脅かす幾つかの問題についての取り組みが始まった。

 アートの形式と繋がっていく主題を意識することが、筋書きだけなく『ポイントブランク』のリー・マーヴィンやアンジー・ディキンソンの演技に明記されている正確さに投影されたように、1960年代後半からポップ音楽も徐々に後戻りなしのメタモルフォーゼに誘われていく。歌詞の問題についてはまた別に記すが、そこにはまず反復への意識的な取り組みがあったーー反復がダンスミュージックのみならずロック/ポップ音楽の大きな特徴であることは、これまでも数えきれないほど指摘されてきた通りだ。

アイザック・ヘイズ『Hot Buttered Soul』(ユニバーサル ミュージック)

 1960年代、ジェームス・ブラウンのライブショーやSly& The Family Stoneのレコーディングなどから窺えるように、サイケデリックな夢幻状態とも繋がったR&B/ファンクの“ビートがより強く/曲がより長く” なる傾向が始まっていた。1969年にアイザック・ヘイズはこれをお茶の間に持ち込んだ。アルバム『Hot Buttered Soul』で、まるでアナログの写真を拡大し引き伸ばすように、3分足らずのラウンジポップだった「Walk On By」を12分に、驚くべきことにカントリー&ウェスタンの「By The Time I Get To Phoenix」を19分にしてカバーしたのだ。

 後にディスコに取り入れられ、意地悪な意見を持つ人間の口にするところの“軽薄な流麗さや安手のきらびやかさ”を生み出す、このリズムやメロディの反復とオーケストレーションの組み合わせは、当初は政治的な含意の十分ある用法であった。もとより、比較的軽めなジャズボーカルなどの分野は、ラウンジや映画音楽と近接もしていただろう。しかしながら、アイザック・ヘイズのようなヘビーウェイトの具体的な身体性を伴っての『Hot Buttered Soul』は、それらを遥遠に眺める異世界のように屹立している。

 アイザック・ヘイズは3分足らずのポップ音楽のフォーマットに則った曲を12分、もしくは19分に引き伸ばすことで、白と黒のミドルクラスの文脈のなかにすっぽり収まる(ユダヤ人の)バート・バカラックが作曲、ハル・デヴィッドが作詞し、(お行儀のいい黒人女性の)ディオンヌ・ワーウィックが歌った「Walk On By」や、白人がメインの聴衆であるカントリーのヒット曲だった「By The Time I Get To Phoenix」の魂を変貌させた。いうならば、歌の主体を魔術的に変容させるためには、長い反復と映画音楽的なオーケストレーションが必要だったのだ。

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