荏開津広『東京/ブロンクス/HIPHOP』第12回
荏開津広『東京/ブロンクス/HIPHOP』第12回:ポップ音楽の主体の転倒とディスコの脱中心化
ディスコの脱中心化
「人々は(ベトナム)戦争や苦難、それにウォータゲート事件からの逃避を欲しているが、ゲットーからの多くの音楽のように攻撃的なものではない、男と女や愛についてなど肯定的な要素が自分の音楽には聞くことが出来るだろう」とバリー・ホワイトは当時のインタビュー(現在、YouTubeなどで視聴できる)で答えている。教会のピアノを弾いていた母の影響でジュゼッペ・ヴェルディやジャコモ・プッチーニに少年の頃から慣れ親しんだ自分は、音楽に喜びと幸福を盛り込むのだ、と。
同じように、「Love Is The Message」をリリースしたスタジオミュージシャンたちの名前”MFSB”が指すのは“マザー、ファーザー、シスター、ブラザー”であり、Gamble & Huffは、自分たちの人種の社会的なエンパワーメントに極めて意識的であった。オイル騒動もあった1973年は、アメリカ合衆国の第二次世界大戦後における経済発展の“終わりの始まり”とされ、75年までの急激な不況は歴史に残る。
アフロレイキ、ゲットレディ、スーパーコップス、ダンスクリエイター、BR&G エンバシー、ブラックシープ、ブラックビーナス……1976年に東京近郊だけですでに50店舗もあったディスコは、それでもまだソウルミュージックや、“ブラザー”や“シスター”という概念、あるいはベトナム戦争を背景とした人々のイメージと繋がっていた。しかし、イギリス人の男性グループBee Geesが胸をはだけファルセットの歌声を聞かせる映画『サタデー・ナイト・フィーバー』がグローバルな成功を収めた1977~1978年の冬以降、“ディスコ”という概念は世界でも日本でも特定の人種や階級と切り離され、脱中心的になっていった。このことはもちろん、ディスコの歌の主体の構造にそもそも孕まれていたのだ。
ディスコの脱中心化は、サウンドにも表象されている。“ディスコサウンド”の特徴となった4つ打ちの先駆となったのは、1973年「The Love I Lost」におけるアール・ヤングのドラミングだというが、もし小節毎に4回均等にリズムが打たれるのであれば、プレイヤーの個性の表現というより、テクノロジーが広汎な分野に渡って支配的になった社会の反映といったビジョンとも親和性を持っていくだろう。実際、サウンドトラック『Saturday Night Fever』に収められてヒットした楽曲「Night Fever(邦題:恋のナイト・フィーバー)」においては、ポップ音楽の歴史上最初の幾つかの例と思われる、サンプリングによるドラムループの試みがなされている。
アメリカでも日本でも、ディスコはチェーンストアになった。1975年、バンドの演奏がない初めてのディスコとされる六本木メビウスを出店した会社は、後にマハラジャというディスコチェーンを展開し、一世を風靡した。東京でも地区によって、もしくは会場によって集う層は異なっていたが、すでに1980年代初頭の新宿では、一説では週末毎に3万人がディスコに集っていたという。その後のジュリアナ東京まで、ディスコと呼ばれる場所は日本のバブル期の象徴となっていったのはご存知の方も多いだろう。
しかし、ディスコの反復がポップ音楽の美学を脱中心的かつグローバルに支配し続けると誰もが考えていた数年後、ダンスミュージックは止められなくとも、ディスコ音楽自体の流行は衰えていった。ヒップホップの時代が徐々に始まりつつあった。本格的なディスコのリバイバルは1990年代半ば以降のDaft Punkの登場を待たなければいけなかった。
■荏開津広
執筆/DJ/京都精華大学、立教大学非常勤講師。ポンピドゥー・センター発の映像祭オールピスト京都プログラム・ディレクター。90年代初頭より東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、ZOO、MIX、YELLOW、INKSTICKなどでレジデントDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域において国内外で活動。共訳書に『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)。
『東京/ブロンクス/HIPHOP』連載
・第1回:ロックの終わりとラップの始まり
・第2回:Bボーイとポスト・パンクの接点
・第3回:YMOとアフリカ・バンバータの共振
・第4回:NYと東京、ストリートカルチャーの共通点
・第5回:“踊り場”がダンス・ミュージックに与えた影響
・第6回:はっぴいえんど、闘争から辿るヒップホップ史
・第7回:M・マクラーレンを魅了した、“スペクタクル社会”という概念
・第8回:カルチャーの“空間”からヒップホップの”現場”へ
・第9回:ラップ以前にあったポエトリーリーディングの歴史
・第10回:ディスコが音楽を変容させた時代
・第11回:ディスコで交錯したソウルとロックンロール