川谷絵音が語る、“新しい音楽”を求め続ける理由「いつの時代も作る人は絶対にいる」
川谷絵音という人間を通してまた新たなものを
ーー『好きなら問わない』に関しては、ゲスの原点的な、疾走感があってみんなが盛り上がるタイプの曲も置きつつ、特に後半の「ゲンゲ」から最終曲「アオミ」に至るあたりは、かなり複雑なアレンジを持つディープな曲が続きます。この辺りのバランスは、どう整理していったのでしょうか。川谷:今回は「戦ってしまうよ」がタイアップ(スマートフォン向けゲームアプリ『クラッシュ・ロワイヤル』の新CMソング)で疾走感のある曲になったので、この曲と最初にあったものとのバランス感で進んでいきました。そのあとに“昔っぽさもあるけど、今っぽさもあるね”みたいな「オンナは変わる」ができて、“これまでのゲスになかったよね”という「もう切ないとは言わせない」ができて、そうなると、“じゃあ、もっと違うものを作ろう”となって、後半にいくにつれディープになっていったという感じでした。「アオミ」と「sad but sweet」は、確か最後の方にできたんですよね。「ゲンゲ」はもともと入れないつもりだったんですけど、入れるとやっぱり、アルバムが深まるなと思って。
ーー「sad but sweet」も印象的でした。このタイトルは今回川谷さんが音楽でやっていることをよく表した言葉だなという気もして。一方で「もう切ないとは言わせない」と歌いながらも、やはり“甘い痛み”のようなものが全体を流れていて、それが川谷さんの音楽の特徴なんだろうと感じます。
川谷:そうですね。僕の色って、ちょっと切ないというか、明るくてもどこかノスタルジーな部分がある曲ばかりなので。「颯爽と走るトネガワ君」(M.08/TVアニメ『中間管理録トネガワ』OPテーマ)だって、ふざけてはいるけれど、コードの流れを見ると、Bメロは“なんだこの暗さは”みたいになっていたり。そういう意味で、全体の雰囲気は「sad but sweet」に集約されてるのかもしれないなと思います。
ーー以前のインタビューで、ゲスの一つのテーマは、メロディとリズムの関係だというお話を聞きました。今回も演奏とリズムの刷新があり、同時に、メロディもどんどん新しくなっていますね。
川谷:メロディに関しては、本当に何回も考えるんですよね。「ゲンゲ」なんかは何回もメロディを変えて、最終的な形に行き着くまでいろんなパターンを試しました。「もう切ないとは言わせない」も、トラックが全部できてから歌を考え始めたので、100パターンくらい考えたと思います。そのなかで、一番しっくりくるものを選んだという感じで。
ーー先ほど「奇跡」という言葉もありましたが、そのなかで、どんなポイントで最終的にジャッジするのでしょうか。
川谷:それが曖昧なんですよね。実際、他のパターンでも多分いいと思うんですよ。最後はそのときの“これかな?”という直感で、そうやって決めないと、いつまでもやってしまうので。
ーー「えいっ!」と決める瞬間があるわけですね。
川谷:そうですね。「ゲンゲ」も最初はもっと暗くしようと思ったんですけど、ちょっとキャッチーな方がもしかしたらいいのかな、という感覚で。
ーーキャッチーさ、というところでは、日本はある意味でメロディの国で、アメリカや韓国ではどんどんリズムが刷新されている状態です。川谷さんはリズムをものすごく意識的に扱いながら、同時に、日本のポップスで受け継がれてきたメロディをさらに進化させようとしている、というイメージがあります。
川谷:やっぱり歌謡曲が好きだし、僕の骨組みはJ-POPから来ているので。いろんな音楽を聴くけれど、根幹はそこなんですよね。結局、キャッチーな音楽の方が入ってくるというか、メロディアスなものを聴いちゃう。そのなかで、自分が聴きたいものを作っている、という感覚が一番近いと思います。
ーーなるほど。
川谷:いろいろとバンドをやっていて、“吐き出す”場所がいっぱいあるし、インストバンドもあるから、やりたいことは全部できちゃうんです。だから、ゲスにすべてを詰め込む必要もなくて、無意識にですけど、自分のなかでは使い分けてはいますね。
ーー例えば、インストでロバート・グラスパー以降のジャズが一つのテーマになったとしたら、それはichikoroで表現したり。
川谷:そうですね。やりたいことを入れ込みすぎて、雑多なアルバムになるのはよくないな、というのがあって。攻めるところは攻めつつ、バランス感覚が重要だと思っているので、そういう意味で『好きなら問わない』はバランスが取れた、いいアルバムだなと自分でも思います。
ーー数年前のインタビューで、フェスで盛り上がるバンドシーンと、自分自身の音楽、という距離の取り方ついて話されていました。その点については現在どうでしょうか?
川谷:そこから僕自身の立ち位置も特殊なものになって、いまはシーンがどうこうとか、フェスがどうこうとか知ったこっちゃない、という感じですね。フェスがマトリョーシカみたいにみんな同じ単調な四つ打ちばかりなのが嫌だというなら行かなければいいし、逆にフジロックがヒップホップばかりでつまらない、というのもわかる。今回のフジロックは海外のトレンドを押さえてて、ヒップホップばかりでいいわーとか言ってる人は逆に信用できない(笑)。僕は好きなことを自分でなんでもできるので、自分が楽しければいいかな、という感覚に落ち着いていて、別に(シーンと)距離を取っているわけじゃないんだけれど、勝手に距離感が生まれちゃっている、という。諦めている部分は諦めているし、諦めていない部分もある、というなんとも言えない状態ですね。
ーー諦めていない部分もきっとたくさんあると思うんですよね。ご自身が作品を作り続けているという点も含めて。
川谷:川谷絵音という人間を通してまた新たなものが生まれる、生み出さなきゃいけないというのはあります。とにかく、これだけたくさんのチャンネルを持って、すべて全力投球している人はなかなかいないと思うので、パイオニアになれたらいいなと。いつの時代も作る人は絶対にいて、俺もその1人になれたらいいなって。そうやって続けていれば、自信も何もついてくるんじゃないかと思っています。
ーー実際、一般的なアーティストの3倍くらいのアウトプットをしているわけですが、普通に生活ができているんでしょうか?
川谷:本当に時間がないんですよ。みんなが想像してる以上に、「明日レコーディングだ。でも、何もしてない」みたいな感じで。これだけのアウトプットの量で、家で緻密に考えたりとか、インプットするために映画を観たりとか、そんなことをしてたら絶対にできない。だから、僕はその場に行って作る、というスタイルなんです。その場の自分を信じる、という。だから、家では特に何もしていないんですよ。ただ、ほとんど寝ないで、自分の好きなことをする。その時間に曲を作ろうとは、まったく思わないので。ダラダラしながらバラエティ番組を観たりしてますね。
ーージャズのミュージシャンのように、スタジオに入ってから勝負という。
川谷:本当そうですね。即興というか、連載もいっぱいあるし、ラジオもあるし、ライブもツアーもテレビ出演もあるから、いちいち考えていたら手に負えない量の仕事になっていて、そうするほかないんです。自分がそうしたいと言うより、一瞬で曲を作らないと成り立たない。
ーーそのなかで、不安がよぎることは?
川谷:全然ないですね。世の中にはこんなにいっぱい音楽があるのに、いい音楽ができないという理由がどこにあるのか、まったくわからない。曲を作ると言うことに対して、みんな仰々しく構えますけど、作曲なんて誰でも鼻歌でできるし、そこに対してストレスも気負いもまったくないので。すごく真面目な人だったらたぶんうまくいかないし、僕はすべてに対して不真面目だから成り立っているのかなと。
ーーその場で、自分のなかから出てくるものを信じる。
川谷:そして、手を抜くところは徹底的に抜くという。ギターの練習なんかは、徹底的に手を抜きますね。