「田中秀臣の創造的破壊」第7回

BTS(防弾少年団)、世界的躍進の背景は? グループが持つ経済的“強さ”と多様な価値観

 BTS(防弾少年団)に全世界的な関心が集まっている。2017年から加速化した全米での展開、そして日本への本格的進出もあり、その活動は常に世界のアイドル市場の中心に位置している。新アルバム『LOVE YOURSELF 轉“Tear”』が全米ビルボードアルバムチャート第1位を記録し、ファンやメディアの関心だけでなく政治の場でも話題になった。韓国政府はBTSの大躍進を背景に自国の文化的な規制の見直しの検討にも入ったとの報道もある。BTSの経済学的な「強さ」を見るときに、1)全世界的なコアなファンの獲得、2)1)を可能にした前提条件のひとつとしての動画などの「緩い著作権」、3)韓国や世界的な若者たちの経済的閉塞感と多様な価値観への注目、という現象が目につく。さらに4)日本型のアイドル商法の積極的吸収、も見逃してはならない。

『LOVE YOURSELF 轉“Tear”』

 なぜ韓国の一アイドルが全世界的な人気を獲得したのだろうか。しかもDJ泡沫氏の指摘にもあるように、コアなファンが米国でもかなりのボリュームで存在している。また南米や欧州、そして日本などアジアでも抜群の強さを誇っている。この全世界でコアなファンを獲得したひとつの理由は、韓国のアイドル市場を制度的に支えている「緩い著作権」の存在である。世界的に視聴者を抱えているYouTubeやVLIVEで、BTSの公式動画だけではなく、ファンたちが彼らが出演した番組やイベントの動画をほぼ自由に掲載している。そしてそれらの「非公式動画」も公式動画とまったく同じ次元で消費され、また新たなファンの獲得に貢献している。いわばコアなファンが自ら全世界的にファンを獲得することに活躍していることになる。

 BTS側からすれば、一定のリスクはあるものの、この肖像権などを含む権利の「緩さ」がもたらす利益は大きい。このような動画配信での「緩い著作権」の存在は、ネットワーク外部性をもたらす。個々人が自由に投稿できる動画配信サービスというネットワークが、思想やメッセージを伝えることに効果的なのは周知の事実だ。BTSを含む韓国のアイドルたちは、このネットワーク外部性を実に巧みに利用している。ネットワーク外部性とは、個人が財やサービスを消費する便益が、インターネットのようなネットワークを通じて他の人の貢献が増えるほど上昇することを意味する。例えばBTSの動画を見ると、各国のファンが歌詞に各国語で字幕を加えたり、または彼らの出演したバラエティ番組での発言も実にうまく翻訳している。その速さと翻訳能力の高さは目をみはるのもがある。韓国のアイドルはこのような各国のコアなファンたち、BTSではARMYと呼ばれる人たちの日夜問わない努力によって支えられている。これらのコアなファンの活動が増えれば増えるほど、各国のBTSの新たなファンの獲得につながっていく。このように海外への自国文化の促進に熱心な韓国政府の支援ではなく、まさに世界市民からの草の根レベルでの支持なのだ。

 BTSの躍進を考えるときに、やはりその音楽世界の持つ豊かさにふれないで済ますことはできない。BTSの本格的な日本進出のきっかけとなったテレビ番組『スッキリ!!』(日本テレビ系)を偶然に見ることができた。同番組にはアイドルにも一家言ある評論家の宮崎哲弥氏もいたのでその近距離から見た感想をいつか聞きたい。少なくとも番組でのメンバーは不思議な深みを感じさせる雰囲気を持っていた。この不思議な深みはなんだろうか? 彼らの日本語版の「血、汗、涙」のMVをみて驚いたのも、その作品世界の深み、あるいは解釈を何通りにも可能にする歌詞・音楽、彼らのパフォーマンス、そして映像の三つを基本とする、まさに複合芸術としてのレベルの高さである。おそらく善悪や好き嫌いの感情でははかりしることができない多様な価値観を許容する視点が含まれている。彼らの作品世界での「生きる」ことを訴えるメッセージ性の高さは常に注目されてきた。どんな人でも生きる価値があり、しかし現実が認めなくても、いまここで生き抜け、という激励に思える歌詞が多い。彼ら自身がSNSで発信する発言にも社会のマイノリティへの共感や支持が鮮明だ。この「生きろ」とでもいうべきメッセージ性は、彼らの必然の言葉であることに疑いはない。

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